11月12日(火)

昨日は利恵子の所に行かず1日寝ていた。

身体は元々怠いが更に重く、喉も痛いので早々に寝た。眠りは浅くどれだけ寝たのか時間は分からない。

胸苦しいのは相変わらずで身体に力が湧いて来ない。それでも生きないと仕方無い。

午前中に掛かり付け医院で、コロナ、インフルの検査をして貰って、その足で利恵子の所へ行こうと思っていた。

検査結果は陰性で只の風邪と言う事で薬を処方して貰った。

帰る時になっても矢張り身体が重く喉も痛い。とても天理迄行く気にならない。利恵子には悪いが今日は行かない事にした。

息子は利恵子の転院先を探して貰う為に天理のソーシャルワーカー担当者に電話している筈だが、一向に連絡が無い。天理へ行くのは明日だからとは言うものの矢張り受け入れ先の病院があるのか、何処迄探してくれるのか答えが知りたい。

病院側にも言い分はある。

急性期病院なので救急患者が次々と搬送されて来るため部屋が直ぐに満室になる。

いきおい、トリアージになり、緊急性の高い患者が優先される。

部屋は絶えず変えられてしまう。

個室ベッドになると部屋代がべら棒に高い。

それで利恵子が治るのなら惜しくは無い。

もう植物人間になってしまった利恵子を見るのは辛い。

今の治療を継続してくれる病院を探して転院しないといけない。

午後6時50分、息子から電話があり、利恵子の血圧が上が71との事。

手足が浮腫んでいたので、薬量を上げたとの事。血圧はレベル0のまま。

今度こそ危ない。覚悟する必要がある。

11月13日(水)

今日は利恵子を受け入れてくれる施設、介護医療院を調べた。

午前中はシニアーコート奈良に行って相談して来た。

この前に訪問したシニアーコート菖蒲池と大体同じだ。違ったのは面談時にベテラン看護師の女性が加わって利恵子の病状を細かく聞いて来た。

私は包み隠さず有り体に話した。受け入れに少し難色を示している様に思えた。

取り敢えずは天理の主事医の診療データが要る、それを施設の往診医が見て入所の可否を判断するとの事。

返事は電話でするとの事。予想通りだ。

余り期待出来ない。

帰宅して昼から電話で西の京総合病院グループの老健施設スーパーフェニックスに電話した。

ここでもシニアーコートと同じ内容を説明した。感触は見込みある様な無い様な今一つはっきりしない。

矢張りデータ(診療情報提供書、看護サマリー)を提供する必要がある。

明日天理に行こうと思っているので、地域連携室の鶴田さんに会って頼む予定だ。

息子は会社で又何か面倒が起きて、それどころでは無いとの事。

私が代わって明日天理に依頼して来ることにした。

夜1人で布団に入って、モーツァルトのピアノ協奏曲を聴き、柚月裕子の「パレートの誤算」を読んでいる。

ふと、去年の年末に利恵子と一緒に観た映画『パーフェクト・デイズ』の一場面が思い浮かぶ。

主人公の役所広司が夜寝る時に布団の中で本を読んでいる姿とオーバーラップする。あの時から今の自分の姿を予想していたのだろうか。

次回更新は1月9日(金)、11時の予定です。

 

👉『妻の笑顔』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】翌朝「僕はどうだった?」と確かめると、「あんなに感じるものなのね。昨日の夜は初めてとろけそうなくらい…」と顔を赤くして…

【注目記事】母さんが死んだ。葬式はできず、骨壺に入れられて戻ってきた母。父からは「かかったお金はお前が働いて返せ」と請求書を渡され…