宗佐は苦悩に顔をゆがめながら、言葉もなく首を横に振るばかりです。日頃拓善の高い徳を慕い敬っている宗佐ですが、姫の魂との繋がりを断つべしという師の指示に素直に従うには、宗佐は沙代里姫を、その魂を、あまりにも愛し過ぎていました。
それはこれまで孤独を孤独と思うこともなく、寂しさを寂しさと思うこともなく二十年の歳月を過ごして来た宗佐の心に初めて灯った、女人(にょにん)への真実の愛情の灯し火だったのです。
「私は今宵も姫様のもとを訪れねばなりません。もうそのように約束を交わしているのです。姫様を裏切ることは、私にとって身を切られるよりもつらいことでございます。どうか、せめて今宵だけでも私を姫様のもとに通わせてください」にじり寄り、取りすがるようにして、宗佐は師に哀願しました。
「おのれの命がどうなろうともかまわぬと、お前は言うのか?」
「お言葉ではございますが、私は姫様のためならば、命を捨てることも惜しいとは思いませぬ。むしろ姫様と契り合うて死ぬるは、本望とすら思います」
宗佐は熱した口調で訴えました。日頃は弟子に笛の手習いをさせる際にも決して荒い言葉をかけたり、手厳しく叱り付けたりすることのない優しい気性の宗佐が、これほど激しい感情をむき出しにしておのれを言い張るのは、全く例のないことでした。
「宗佐よ、おのれの命を粗末にしてもかまわぬなどという教えを、み仏は一言も仰せられてはおらぬぞ」拓善は手元の茶を一口含んだ後、大らかに教え諭す口調で言いました。
宗佐は言葉もなくわなわなと震えながら、膝の上で拳を握り締めています。出されてから一手も付けていない彼の茶は、冷めた面に小刻みな水紋を描いています。
「もしもお前がこの世から去ったなら、お前の父母兄弟を始め、日頃お前を兄とも慕う寺の小僧どもまでもが嘆き悲しむとは思わぬか? またお前の笛の調べが聴けぬことになったら、藩主の高瀬様を始めとして、お前の笛の音を楽しみ、その調べに心癒されている者たちが落胆するとは思わぬか?」
「私如きが世を去ったところで、さほどの違いもありますまい。私に代わるほどの者なら、藩内にいくらでもおりましょう」宗佐は顔を横に逸らし、捨て鉢のような口調で言いました。