自分も手早く手洗いをして手術着を着た。そして、看護師と協力して消毒した胸部を滅菌敷布で覆い清潔な手術野を作った。それから体外循環を取り扱う臨床工学技師たちに声をかけた、「PCPSは準備できているか?」即座に「準備できています」という返事が返ってきた。

体外循環を取り扱う技師たちも、我々が気付かないうちに手術室に集まって、心臓が停止している状況でまず全身の循環を維持・回復するために人工心肺装置、いわゆるPCPS(経皮的心肺補助装置)が必要になることを察知して準備してくれていた。

PCPSが新型コロナウイルスによる重症の肺炎の時に最後の治療法として使用されたことは記憶に新しく、広く一般の人々の間に知れ渡るようになった。しかし、従来は呼吸不全の肺の機能を代替する装置としてよりは、重症心不全における全身の循環を維持し、補助する機器として開発使用されてきた。

足の付け根の静脈から赤黒い静脈の血液を抜き取って、人工肺で酸素を取り込んで赤い血液に換えて、足の付け根の動脈から全身に血液を送る、いわゆる人工心肺装置は、新型コロナウイルス感染による重症呼吸不全では、肺での酸素化ができないから、静脈の赤黒い血を体外に誘導して、人工肺で酸素を付加して体内に戻すために使用されていたが。

この時は止まっている心臓の代わりに全身に血液を送る装置として使用することが必要であった。

私はPCPSを挿入するために、右大腿動静脈への操作を開始した。PCPSの回路を術野に固定した後、大腿動静脈をそれぞれ穿刺して、ガイドワイヤーを挿入した後、2本のチューブを手早く挿入した。回路の中に空気が入らないように慎重に少し時間をかけて回路と接続した。こうして人工心肺装置を装着し、体外循環を確立し、スタートさせた。

これで、PCPSから心臓を含む全身の臓器に血流が再開されることとなった。しばらくすると、心臓は動き出して、強く拍動するようになった。ひと段落した。

我々は少し落ち着いて、心臓の状態を見た。そして、心臓の外傷の状態を見て本当に驚いた。見事な一撃だったに違いない。左心室の前面に3センチの裂傷があり、左室後面に同じく3センチの裂傷があった。そして後ろの心膜の一部にも損傷があった。おそらく、包丁は心臓の前面から後面に串刺しになって後ろの心膜まで達していたと推測された。