しかし、私がまずフランスにいるのだと身に染みて感じたのは、有名な観光地の存在ではなかった。地下鉄の駅でチケットを買う方法がわからず、切符を買う窓口でまごまごしていたら、駅員から「ここはパリ。フランス語でキチンと言え」的な言い方(推定)をされたことだった。
日本の駅では考えられない対応だった。私はどうしようと呆然となった。
とはいえ押し問答しても埒が明かないので結局タクシーで向かった。
役員の友人は大使館の外交官だった。アポも取らず突然大使館に行き、受付で面会を申し入れると、ご本人不在のため秘書が対応するとのことだった。待っていると若くてとても綺麗なフランス人女性が現れた。
さすがに日本大使館勤務だけあって、片言ではあったが日本語で対応してくれた。面会希望の相手はアフリカ出張で2週間ほど帰らないとのことだった。
お帰りになるまではとても日持ちしないので、彼女に食べてくださいと、持参していたお土産の「博多の辛子明太子」を渡し大使館を出た。
40年前、フランス人は辛子明太子を知っていただろうか、またどうやって食べただろうか。
今では福岡市内のパン屋さんでは「明太フランスパン」をよく見かける。フランスパンと明太子は結構合うと思うがその当時、私にはフランス人に「辛子明太子」を説明する知識がなかった。
しかも、大使館の雰囲気に圧倒されていたため、とにかく早く大使館を出ようと彼女に辛子明太子を押し付けてしまった。
なお、パリの日本大使館には35年後の2019年正月、家内、末娘とパリやルーアンを再訪する旅行をした際、パリ市内でパスポートを紛失してしまい再度訪問することになった。
担当者には特別渡航証の交付で大変お手間をおかけした。
特別渡航証の発行に必要とのことでパリ警察にパスポート紛失届を出したり、日本から写メで住民票を取り寄せたり、帰りの航空券を手配したりと、一足先に帰国した家内に助けてもらいながらすべて自分ひとりですることになり大変だった。やっと特別渡航証の交付を受けた時はホッとした。
手続きが終わったとたん、窓口担当者から、タクシーの運転手がなくしたはずの私のパスポートを大使館に届けてきたが、どうするかと尋ねられたのにはびっくりした。そのまま有効にするには警察に出したパスポート紛失届を取り下げに行く必要があるとのことだった。紛失届を出す際、パリの警察署待合室で3時間程度待たされた。
周囲に座っていたのはやたら迫力のある人たちで恐ろしい思いをした。もうあのようなところに行きたくなかったのでパスポートは無効にしてもらった。
外国にいて自分のパスポートを無効にするよう大使館に頼むことはもうないと思う。