翌朝寝覚めは最悪だった。ベッドから起き上がると外はまだ薄暗かったが、千晶は既に部屋にはいなかった。ドアを開けて階段から1階に下りると薄暗がりの中灯りもつけずに灰色のソファにこちらに背を向けて千晶が座っているのが見えた。麻利衣はほっとして彼女の肩に手を置いた。

「どうしたの? 千晶」

その瞬間千晶はソファの上に横倒れになった。顔面や体に夥しい数のナイフが突き刺さり、パジャマは鮮血で赤く染め上げられていた。

「きゃああああっ!」

麻利衣が悲鳴を上げ振り向くとそこには林良祐が立っていた。全身に突き立てられたナイフが刺さっている傷口から新たに血液が絞り出されるように滴り始め、深々とナイフが突き刺さっている右の眼窩からは大量の血の涙が流れ始めた。青黒い顔をした林は恐ろしい表情で睨みつけ、左腕に刺さっているナイフを右手で引き抜いて彼女に襲いかかった。

「やめて!」

助けを呼ぼうと大きく口を開けた時、林のナイフは彼女の口腔を深く刺し貫いた。

「むぐぐぐぐぐ……」

「麻利衣、麻利衣!」

肩を揺すられて瞼を開けると千晶が上から彼女の顔を心配そうに覗き込んでいた。麻利衣は慌てて起き上がった。全身にびっしょり冷や汗を掻いていた。

「はあ、夢か。よかった……」

「どうしたの? 一体」

「いや、何でもない」

「そう。私もう出かけるね。ママが朝食作ってるから食べていってね。じゃ」

千晶は微笑んで部屋を出て行った。もうすっかり平然としている彼女を見て、麻利衣は何で自分がこんな夢を見ないといけないのかと情けなくなった。着替えて1階に下りると沙織がパンと目玉焼きを用意してくれた。邦史郎は既に出勤していた。

「すみません。朝食までご馳走になって」

「いいのよ、そんなこと。でも大丈夫? 昨日あんな事件があったばかりでよく眠れた?」

「ああ……私は大丈夫です」

次回更新は12月29日(月)、21時の予定です。

 

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