――ひろいひろい知の海から、ひと筋だけの教えにしがみつくのやなく、まずはおのれの感性にたずねて叡知を拾い集めるとええよ。未来は、良くも悪くも訪れる。いまは未来へと進むための〈希望〉が薄っぺらなんや。メディアやトレンドに追随せず、自分と時代の行先を想い描け。まずは、ひとりで考えよ。

昨今はみんな、共創や共創や、どこも言いよるけど。そもそも独創と独創が混ざらんことには、共創なんぞあるかいな。ほんまに未来を選び取るなら、前例慣習に背を向け、多少の孤独は受け入れて、ひとりで想いを煮詰めなあかんで。

自由方面へ逃走し続けるんやったら、表面的なテクニックとちゃう、良い知を心身いっぱいに吸い込んどき。うろうろ迷ってあがくことこそ、人知の苗床だ。

しばらく、静かな間合いが訪れた。氷の音をカランと立てて、オッチャンがグラスを置く。

「さあ、ネイビー。ワイは今日もええことを言うたやろ。サイジョウさん、ありがとう。帰ろうか。おーい、タエさん。豚串うまかったで……あれ? おやぁ? ヒツジやったの?」

こわいオッチャンは、風のように現れ、炎のようにメラメラとしゃべり、煙のように消えていった。

最上さんは、煙に巻かれて一緒に帰った。

残った常連が、天吊りモニターの海外天気予報をぼんやり観ている。

「フロリダのメガ台風、抜けたみたいだね」「今年は日本にも、でかいの来そうだなぁ」

シュウトくんが、ネイビーに訊く。

「オッチャンさんは、むかしからあんな、エッジが効いた感じですか?」

「あのひとは、現場にいるときはジェントルマンだったよ。いまでも表面的なつき合いでは、そうだろう……あんな風に話すのは、みんなのことが好きだからだよ」

アッちゃんがすっぴんの顔を、おしぼりでゴシゴシ拭く。あ~、なんだかサッパリした。

Keiさんは、太いもみあげを指でつまんでいる。

「あのひとの言っていることは、正しいんでしょうか?」

「どうなんだろうね。おれには世界中でなにが正しいのか、実はよくわからないんだ」

彼の話は、きっと専門的には穴だらけだろう。真っ当でもないだろう。でもおれは個人的に、ツカミはだいたい共感するよ。あれは真摯な研究者じゃなくて、仮説の扇動者だと思う。……まわりにそういうオジサンも、いないとさぁ。

ネイビーは、一夜で空瓶になったヘベロフカを片付ける。

「セイちゃんは、学校が就活の場みたいになっているのに、学生たちの前でも、サラリーマンなんか目指してどうする、なんて煽っちゃうんだ。本人は人気がないってボヤくけど、彼のゼミは、起業家やソーシャルな活動をする若者とか、尖ったチャレンジャーの梁山泊みたいになっているらしいよ」

次回更新は12月31日(水)、11時の予定です。

 

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