ケンは秋になると忙しい。まるで冬眠前の熊のように杉っ葉拾いから栗拾い、そして蝗(いなご)とりと目白押しに仕事をしなければならなかった。中でも杉っ葉拾いは特に大事な仕事で、これをしないと家事や家計に大きな支障をきたすのである。
というのも彼は自分の家の分のみならず、何軒かの家からも頼まれていて、責任重大であった。というのに、秋は陽が短い。秋はケンにとっては1年で最も忙しく精神的にも負担の大きい季節であった。
ケンは学校が終わると山友達と一目散に山(森)に入る。陽がすぐ落ちるので午後の3時ごろから5時ごろまでのわずか2時間が勝負であった。5時を過ぎると道も次第に見えにくくなるからである。
間違って谷に落ちたという話はいくらでもあった。杉っ葉を背負って谷に落ちると、体の自由がきかないので、思いがけない大きな事故につながるのだ。しかしケンは木から落ちたことは幾度もあったが、谷に落ちたことはこれまでなかった。
彼らは日暮れ前に杉っ葉(ぱ)拾いを終えて、2把から3把を背負って、のっしのっしと山道を滑らないようにゆっくりと下りた。最も危険な道は谷に面した細い道である。「カニの横歩き」……つまり両手を広げてゆっくりと横に一歩一歩あるく。時間はかかるが、これしかない。こうしてようやく麓に辿り着く。
すでに麓には何人かの母ちゃんが、今か今かとうろうろしながら首を長くして彼らを待ち構えていた。
「売ってくれーて」と、さっそくそれぞれの束を見て、値踏みをしながら頼むのである。
アルバイトとしてはいい稼ぎになった。ケンにはすでにお得意さんとなっている人もいた。
1把の大きさは大体、幅3尺(90cm)、高さ1尺半(45cm)くらいであったが、ずしりと重い。子供の体ではせいぜい2把から3把を背負うのが限度であった。束ね方が上手であると、中身もしっかりと詰まっていて、荷崩れしない。
逆に束ね方が下手だと、束がぐさぐさして、背負ってもすぐにばらばらに崩れてしまう。これでは売れない。やはり売り物にするには、それなりの経験と技術が必要であった。