【前回の記事を読む】「あんな奴は死んで当然」…ナイフで顔面を貫かれ、激しく損壊した遺体。被害者の男は生前、ある迷惑行為が問題となっていた。

サイコ1――念力殺人

「千晶、大丈夫? あんな恐ろしい事件の発見者になったって聞いたからもうびっくりしたわよ」

玄関で出迎えた沙織が言った。細く吊り上がった目が印象的で、一昔前は今よりいっそう美人だったに違いない。

「うん、大丈夫。被害者が麻利衣の知人だったみたいで長く連絡がつかないから一緒に家に見に行ってくれないかって頼まれたの。ね、麻利衣」

千晶はウインクで麻利衣に合図を送った。麻利衣は彼女の身勝手さに驚き呆れたがしょうがなく、

「そうなんです。それで探偵を雇ったら勝手に家に上がり込んじゃって困りましたよ。ははははは」

とごまかした。沙織は小首を傾げていたが、

「その時眼鏡が壊れちゃったの? でも怪我がなくてよかったわ。笑っていられるってことはそこまで親密な方じゃなかったのね。よかった。さあ、どうぞお上がりください。今夜は千晶の好きな特製コロッケを作ったのよ。さ、彩斗さんもどうぞ」

と三人を奥に招き入れた。

「すみません、お邪魔します」

千晶は母親の背後で麻利衣に向かって両手を合わせて申し訳なさそうに首をすくめたが、彼女は白い目でそれに答えた。

「麻利衣ちゃん、ほんとに久しぶりね。国試はどうだったの?」

訊かれたくない質問が真っ先に来たので麻利衣は逆にほっとした。

「まただめでした。もう医師は諦めようかなと思っています」

「まあ、そんなこと言わないでもう少し頑張って。学生時代仲良くしてくれて千晶も私も麻利衣ちゃんには本当に感謝しているのよ」

麻利衣が千晶の家を訪れたのは久しぶりだった。貧しい田舎者だった彼女が初めてこの豪邸に来た時はその豪華さに随分驚嘆したものだった。彼女らはアイランドキッチンのある広いダイニングルームに通された。

その隣にバルコニーに面したリビングがあり、中央のテーブルをコの字型に囲んでいる立派な灰色のソファの上にこの家の主人、増田邦史郎が寝転がって壁に据え付けられた大画面のTVを見ていた。

彼は三人を見るとすぐに立ち上がった。年齢は54歳だが、髪も黒々として色黒の細面で、鍛えているのか体つきもがっしりとしていて、実年齢より10歳は若く見えたが、その表情にはやや神経質な陰影があった。

「千晶、大変だったな」

「心配かけてごめんなさい」

「ご無沙汰しております。那花です。お休みのところお邪魔してすみません」

麻利衣が頭を下げると邦史郎は無言で丁寧に頭を下げた。

「先生、すみません。僕までお邪魔しちゃって」

鍋本が言った。

「気にするな。おまえはこれから俺達の家族になるんだから」

「えっ」

麻利衣が思わず千晶の顔を見ると彼女ははにかんで見せた。

「私たち、結婚の約束をしているの」

「えっ、そうなの? おめでとう」