【前回の記事を読む】命を救ってもらったお礼に「家来にしてくだせ!」と現れた盗人。だが…「夜中に寝室に忍びこむとは。出て行け!」

一 初出仕

四つ時になると殿は袴をはき「表」にお出ましになる。「表」は屋敷の外ではない。屋敷は私的空間と公的空間とにわかれていて、「表」とは屋敷内の公の場で、ここが政庁となる。

この時、殿の刀を小姓が持って従うが、「表」への入り口で小納戸役に渡す。ここからは殿の身辺の世話は小納戸役の仕事となる。

「表」に殿が出座されると、そこには、家老・用人などが待ち受けており、殿は彼らの報告を受け、問題があれば彼らと相談をして指示を出す。

この時間帯が小姓の交代時間である。朝四つ時から翌朝の四つ時まで御勤めをし、その日の午後から翌日一杯が休日ということになる。おおよそ六人で一班を形成し三班による交代制である。

一方小納戸役も藩主の身辺の世話を行う役で、仕事の性質としては小姓の仕事と似た内容であったが、藩主が執務を行う「表」での世話は小納戸の仕事であるという点と、主として三百石以上の武役席の身分のものがこの役についたという点で小姓とは異なると言えよう。

小姓も小納戸も藩主の日常の生活の場で藩主のもっとも近いところにいるわけであるから、信頼のおける人間でなければならなかった。

小姓の仕事が始まってひと月ほどたったある朝、朝食をとっていると、門番をしている足軽の一人がやってきて言った。

「田中様、明け方から門前に妙な町人が座り込んでおりまして、怪しい奴と間い詰めましたところ、田中徳三郎様にお目にかかりたいと言っておりますが、どういたしましょうか」