ようやく探り当てた眼鏡は左のレンズが踏み躙られて滅茶苦茶にひびが入っていた。それをかけてひび割れた空を見上げた時思わず両目から涙が溢れ出て、彼女は嗚咽した。(こんな人生もう嫌だ。私なんてこの宇宙から無くなってしまえばいい――)
その時一陣の風が吹き、飛ばされてきた一枚の紙が彼女の顔にへばりついた。ごみまで私を馬鹿にするのか、と悔しくなってその紙を引き剥がすとそれは求人広告のようだった。
スタッフ募集――橋の上で男とぶつかったせいで割れた眼鏡をかけた不幸で無能な女募集――タリス超能力探偵事務所
「何……これ……」
素人相手のドッキリ番組か? しかしその場で呆然と立ち尽くしていてもカメラを持ったスタッフが駆け寄ってくる気配は全くない。しかしこんな偶然起こりえるはずがない。
何かの詐欺に引っかかっているのではないかと不安を覚えながらも、自分でも驚くべきことに紙に記載されている住所を訪れてみたいという好奇心の方が上回っていた。
地図アプリの案内に従い記載の住所に辿り着くとそこは巻層雲に向かって聳え立つ35階建ての豪壮なタワーマンションだった。都心から少し離れた閑静なエリアにあり、目の前にはゆったりと海に注ぐ大きな河口が広がっていた。事務所はその最上階にあるらしかった。
大理石の彫刻で飾られた玄関からエントランスに入り、何度もためらった挙句、目をつぶって事務所のインターホンを押すと、画面は消えたままで何の返事もなかったがドアが開いたので彼女はおずおずと広いエントランスホールを抜けエレベーターに乗り込んだ。
次回更新は12月18日(木)、21時の予定です。
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