【前回記事を読む】ケインズとハイエク、対立的な2人の経済学者には共通点がある? それぞれの思想を時代背景から考察する

第三章 さようなら、ホモ・エコノミクス

行きがかり上、聴講生にされてしまった常連たちも、声を交ぜはじめる。

「不合理な人間が合理的に働こうとするから、生きづらいんでしょうか?」

「会社は、自由と統制をどうやってバランス取るんだろう?」

「ホモ・エコノミクスなんて、ほんとにいるのかな?」

アッちゃんは、最上さんに対する態度を、少しマイルドにして訊いた。

「ケインズの本が売れているのは、コロナ禍がきっかけでトレンドになったの?」

「コロナ禍は、どの国も政策介入するしかなかったよね。アメリカですら、自動車会社に人工呼吸器をつくるよう、大統領令が発動されたり。でも実は、パンデミックの少し前に、ビジネスラウンドテーブルが」最上さんは常連たちに親切な解説を加える。

「……アメリカの財界団体なんですけど、そこが株主資本主義からステークホルダー資本主義への転換を打ち出しています。利益ばかりを追ったコントロールの効かない過剰な競争こそ、自分たちの首を絞めているっていう。資源問題や貧富の格差のほうが、ケインズ復権の要因かもね。

いまはもう、ケインズかハイエクか、なんて、派閥争いこそ現実逃避っぽいのかな。災害、戦争、技術革新……いつも非常時みたいだし、ひとつの思考の重箱の隅を突いていてもね」

オッチャンが大きくうなずきながら、常連みんなに向かって話す。

「現実は、頭で覚えた数式や一義的なセオリーのようには、動かんちゅうことや。どんな流派にも耳を傾けるのがええよ。ひとつの時代やひとりの教えを金科玉条のように信じすぎて、プライドとはき違えてあたりを睥睨するのは、案外もろい。世界は、複雑系で混線系なんや」