【前回記事を読む】「北田、俺と付き合ってくれ」──天才男子の“提案”は、恋ではなく取引だった
#2
私が西海の彼女として東堂一彦にお目通りをした三日後のことである。
放課後の図書室の窓際の席に、私たち二人は隣同士で座っていた。休み時間は基本的に自由に過ごすことが許可されているが、代わりに放課後は西海に時間を割くことが義務付けられている。交際の対価として勉強を見てもらうために。
とても癪だけど、西海から要点を教えてもらった新学期最初の小テストはかなりいい結果になった。平均点より少し下くらいの点数だったけど、常に赤点ギリギリ、たまにアウトになる人間としては目覚ましい進歩である。カンニングしたんじゃないかと英語の田中先生が私を疑うくらい異常な事態だった。
仕掛け人、西海十李は私の快挙を「そうか」の一言だけで切り上げた。自分の成果に興味がないらしい。いや、私に興味がないのか。納得。
「来週の土曜、デートについていくことになった。九時に駅に集合だ」
デートに行く、ではなく、デートについていく。
皆まで言わなくても東堂一彦と南百華のデートに、私たち二人がついていくということだろう。他の誰かのデートに行くこともなければ、私たちだけでデートにいくわけでもない。
「デートってどこに?」
「知らん。とりあえず予定を空けておけ」
西海はそれだけ言うと教科書を取り出し始める。
信じられない。
ダブルデートをセッティングする早さも信じられないけど、東堂のデートについていくこと以外なんの興味もないという態度が信じられない。一緒に遊びに行くのだから内容くらい気にしてほしい。ショッピングかアウトドアか勉強会かで女子の服装は全然違うというのに。
広げたノートに目を落とすふりをして、私はため息を飲み込んだ。
どうしよう。めちゃくちゃ行きたくない。来週末は好きな漫画の発売日が控えているし、そもそも西海と一緒にどこかに出かけたくない。こいつの隣を歩くと絶対目立つ。その日は前から予定が入っていたと言い訳をして断ってしまおうか。
とりあえず祖母の命日とでも言っておけばいいだろう。おばあちゃんはまだまだ元気だけど、どうせ確認なんてしないだろうし。もしバレて西海との関係が解消されたとしても、私は別に痛くも痒くもないし。
「そこ、スペルが間違ってる」
「え、どこ?」
「ここ。aじゃなくてeだ。田中先生はスペルミスに厳しいから気をつけろ」
そんな馬鹿なと思って確認すると、確かにスペルが間違っていた。さすが、学年一の秀才は目の付けどころが違うし頭の出来も違う。