【前回の記事を読む】生まれてきた子どもには"両目が無かった"——噂は広まり見舞いを装った人が「鬼子ができたらしい。見に行こうや」
第2章 章実馬の陰謀
鸛(こうのとり)の手抜き
彼女からはかつての快活さは消え失せていた。買いものに出かけても人目を避けるように歩き、炭鉱の共同風呂はいつも終い風呂を使った。当時の社宅には内風呂がなかったからだ。さらにすれ違う女たちとは極力目を合わさないよう逃げるような生活を送っていた。
仕事から重正が帰ると家はまっ暗で二人ともいなかった。
「嘉子、嘉子。」
呼んでも応えはない。
重正は線路を目がけて駆け出した。
「嘉子、嘉子。」
「ぎゃあぁ。」
この世のものとは思えない不気味な叫びが遠くから聞こえた。これこそ珠輝の泣く声だと確信した重正は全力で走った。線路には珠輝を背負った嘉子が放心しきって立っていた。遠くから列車の音が聞こえてきた。
「嘉子危ない!」
重正は嘉子を線路脇に引き戻した。
それを待ち構えてでもいたかのように二人の前を轟音が過ぎていった。
「嘉子お前俺をまた一人にする気か。俺も一緒に死んでも構わん。だがそれは世間の奴らに負けることになるんだぞ。被害を受けた俺たちには何も残らんのだぞ。
俺もお前も折角日本の土を踏んだのではないか。お前が変われば世間も変わる。じろじろ見る者から決して目を逸らさずに相手の目を堂々と見るのだ。
そうすると相手も無遠慮な態度は取らなくなる。そうしてこそ俺たちは世間に勝てるのだ。今までのことは忘れて珠輝を二人で力合わせて立派に育てていこうじゃないか」
「この子の首を締めかけたけど、どうしても力が入らんかったとよ。それに連れて来た時にはよく寝ていたのにここに立った途端にとんでもない声で泣き出したとよ。」
「この子は生きたいんだよ。嘉子頑張ろう。」
重正は嘉子の肩を抱いた。
「分かった重ちゃん。がんばるよ。」