鸛(こうのとり)の手抜き
歓迎されなかったことを知った鸛は完全にやる気をなくしたと見え、仕返しとでもいおうか整備不良の赤ん坊を丸山家に運んできて羽ばたいていった。
何があっても取り乱すまいと堅く誓い合った重正夫婦も赤子を見た瞬間頭の中が真っ白になった。まさに机上の空論と現実とのギャップに戸惑うのも無理からぬことだろう。
さらにこの噂が町内を一回りするのにさほど時間はかからなかった。悪意に満ちた女どもが見舞いを装って赤子の顔を覗きに来るのだから天真爛漫だった嘉子がおかしくなっても不思議ではない。
「丸山さんに鬼子ができたらしいよ。目の玉がないそうらしい。見に行こうや。」
古閑幸江(こがさちえ)が切り出し柏村佳枝(かしわむらよしえ)と青柳民子(あおやぎたみこ)を引き連れてやって来た。
「まあ大変ねえ。何でこんなことになったんやろうねえ、お気の毒に。私は来るのを止めようと言ったんだけどこの二人が誘うもんでついね。悪く思わないでね。御大事に。」
張り付くようなねっとりした古閑の言葉は嘉子をどれほど傷つけたことだろう。
「よこしゃん、だからうちが産むのは止めるように言うたやろう。今更殺すわけにもいかんしあんたたちが耐えていくしかないとよ。冬なら風邪をひくということもあろうけどこれだけ暑かったらこの子は育つやろうなあ。」
法子の顔には明らかに落胆の色が見えた。姉としていたたまれなかったのだろう。そんなおり重正も実馬との中の確執を取り除くのに心を砕いていた。それにはしばらく口をきかなかった実馬に娘の名付け親になってもらうことこそ最良の策ではないかと判断した。
なさぬ仲だからこそ実馬をたてなければならないと彼なりの気遣いだ。
これも実馬に虐げられてきたなれの果てかも知れない。