慷慨歌燕市 慷慨(こうがい)して燕市に歌い

従容作楚囚 従容として楚囚となる

引刀成一快 刀を引いて一快を成せば

不負少年頭 負はず少年の頭

留得心魂在 留め得て心魂あり

残軀付劫灰 残軀(ざんく) 劫灰(きょうかい)に付す

青燐光不滅 青燐 光滅(めっ)せず

夜夜照燕台 夜夜 燕台を照らす

汪兆銘の志は成らず、遂に獄門に下った。然も極刑たる可し、との流言が広がっていた。

一方、陳璧君の態度はどうであったか。彼女の死刑囚・汪兆銘に対する思慕の情は、この時になってはっきりと固定化した。死刑囚に恋する娘となっていた。

彼女はあらゆる手段を講じて獄外から文通を始め、死を覚悟していた汪兆銘を感動させた。

そして二人は将来を誓い合った。

のちに、武昌蜂起成功後の特赦で出獄した汪兆銘は、陳璧君と堂々と結婚。以来二人は形影相ともなって、ともに革命の荊(いばら)の道を邁進(まいしん)することになる。

汪兆銘が極刑から終身囚に減刑となり、出獄するに至る経緯は何に起因するものか?

粛親王は、汪の供述書を見て、汪が有為の人材であることを惜しみたること。又その後、汪を釈放したのは、辛亥革命が成功した結果、清朝の保身持続のために、人材・汪兆銘を味方に欲しかったのではなかろうか。

その頃、袁世凱に対する清朝の信頼感は殆どなかった時節である。


(1) 経国は現代台湾政府の国防省大臣。

(2)汪兆銘の詩詞を集めた『雙照楼詩詞藁(そうしょうろうしじこう)』の中に収められている。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

👉『陳璧君 考』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】夫の不倫現場に遭遇し、別れを切り出した夜…。「やめて!」 夫は人が変わったように無理やりキスをし、パジャマを脱がしてきて…

【注目記事】認知症の母を助けようと下敷きに…お腹の子の上に膝をつき、全体重をかけられた。激痛、足の間からは液体が流れ、赤ちゃんは…