【前回の記事を読む】中国革命運動の温床となったのは、東京と横浜だった。日本に亡命してきた思想家が、1万人の中国人留学生に……同盟会は一九〇六年(明治三十九年)一月、機関紙「民報」(1)を創刊した。初代編集長は張継であり、胡漢民、陳天華(ちんてんか)、章炳麟(しょうへいりん)、朱執信(しゅしっしん)、馬君武(ばくんぶ)、宋教仁等が、論説執筆者であった。この他に宣伝責任者として第一線に立ったものに、…
[連載]陳璧君 考
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歴史・地理『陳璧君 考』【第7回】築地 邦輔,築地 信二
「命は惜しみません」革命戦に情熱を燃やした女性、陳璧君。汪兆銘の決心を聞いた彼女は…
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歴史・地理『陳璧君 考』【第6回】築地 邦輔,築地 信二
中国革命運動の温床となったのは、東京と横浜だった。日本に亡命してきた思想家が、1万人の中国人留学生に…
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歴史・地理『陳璧君 考』【第5回】築地 邦輔,築地 信二
「またか」と笑って東京を離れた孫文――国外追放の裏にあった清朝の圧力、そして日本政府の反応は…
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歴史・地理『陳璧君 考』【第4回】築地 邦輔,築地 信二
革命運動の裏には必ず刺客の暗躍がある。来訪中の孫文を訪ねてきたのは孫竹丹(そんちくたん)というスパイ嫌疑のかかった男で...
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歴史・地理『陳璧君 考』【第3回】築地 邦輔,築地 信二
中天にかかった月、星に対する東洋人の感懐は、古来時と場所と人によって千差万別である。
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歴史・地理『陳璧君 考』【第2回】築地 邦輔,築地 信二
ハレー彗星、地球に衝突? 1910年4月、噂に怯えながらも兄と見た一生に一度の忘れられない光景
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歴史・地理『陳璧君 考』【新連載】築地 邦輔,築地 信二
日本を愛し、日本人を信頼し切っていたが故に、牢獄死せざるを得なかった。――汪兆銘の妻・陳璧君の物語。