【前回の記事を読む】「やっぱり行くべきだったんだ」テレビから流れてきたのは南極での大発見。部長が反対しなければ同行していたのに…
episode1 異変
今回のテーマは、無人島の隠れた歴史。東シナ海に浮かぶ男女群島はいずれも無人島だが、大戦中は旧日本軍が本土防衛の前線基地として利用していたという。五つの島は柱状節理と呼ばれる天然の崖がそそり立つ絶景で、動植物とも固有種が多いことから、群島全体が天然記念物に指定されている。
テレビではほとんど本格的に紹介されたことのない場所ということもあって、番組は作りやすそうだった。
久しぶりに瞳にも会えるしな、と思うと自然に笑みがこぼれた。四年前に離婚して以来、一人娘の瞳とは週に一度会えることになっていたが、このところ忙しく、時間が取れなかった。
東京から男女群島までは飛行機と高速艇を乗り継いで八時間近くかかる。それでも、大型連休ということもあり、ロケハンに瞳を同行させることにした。別れた妻の香織は「そんなとこに連れて行って大丈夫なの?」とずいぶん心配したが、小学六年生の瞳にとっては貴重な体験になるから、と説得して何とか了解させたのだった。
二泊三日分の荷物をひと通り詰め終わったころ、スマホがブルブル震えた。瞳からのLINEだ。
「パパ、明日からよろしくね。ママがいろいろ心配してるけど、私はもう大人だから大丈夫よ。無人島でストレス解消だあ」
子どものくせにストレス解消とはね、と城戸はちょっとがっくりきたが、小学校に上がる前からピアノや水泳のお稽古ごと、それに学習塾にも通わされ、ストレスが溜まるのも無理はないのかもしれない。その辺りが娘の教育に関して妻とは意見が合わなかったところでもあるのだが、結局、妻に押し切られた。仕事にかまけて家庭を顧みなかった身としては、強く意見することもできなかったのだ。
「もう大人だから」という瞳のメールには、父親の自分に対する気遣いが感じられ、なおさらいとおしく思えた。
「よーし、パパもストレス解消だあ。待ってるよ」
照れ隠しにそんな一文を返そうとしたときだった。城戸は足首の辺りがチクッとするのを感じた。久しぶりの感覚に一瞬、何だか分からなかったが、ズボンと靴下の隙間に、真っ黒い蚊が一匹、しがみついていた。
このヤブ蚊め。城戸は、足の筋肉に力を入れた。こうすると、皮膚に口吻を差し込んでいる蚊は逃げられないからだ。そのことを何かの本で読んで知ってから、蚊を仕留めそこなうことはなくなった。あとは息を止め、一気に右手を打ち下ろすだけだ。