彼女は日本中を旅して、この世の怪異を収集して回る民俗学者、美羽功一(みうこういち)の娘で、父の影響からか、不可思議な事件や事象を見ると、科学的に解明しようとする癖がある。

――この現象は、キツネか猛禽類にでも追われ、群れを成して逃げようとしていたのだろう。

そう考えていたところに、超低空飛行をする一羽の鷹がバックミラーに映った。

――ああ、やっぱりね。

父、功一は学術的な見地から奇談や怪異譚の分析、研究をおこなっている。

今も各地に残る『あやかし』や『もののけ』といった大半は、見まちがいや勘ちがい。または偶発的な事象が重なりあって複雑化した末に、異類異形のモノを生みだしたと解釈しており、この世には非現実的で摩訶不思議なことなど『一切としてない』と、信じている親子だった。

そして、なぜ、そこまでリアリスティックな彼女が探偵を志したかというと、まだ学生だったころ、行方不明になっていたクラスメイトを探しあてたのが切っ掛け。

しかも父に聞いた言い伝えから居所が閃いたので、自身の持つ洞察力や観察力に加え、この民間伝承の知識は、非常に強力な武器になると考えたからであった。

「ねぇ。そろそろ左だよね」

美羽は視線を正面に戻すと、ステアリングを握りなおす。

雪国育ちということもあり、慣れたアクセルワークで、タイヤの挙動を拾っていた。

「三百メートル先と出ています」

その助手席に座り、呑気にあぐらをかいているのは、彼女より三つ年下の局員である富戸木玖輝(ふときくき)。

今どき珍しい、きっちりとした七三分けの髪型と、深い緑色した眼鏡がトレードマークで、一見すると、真面目で朴訥そうに感じられるが、なにをするにも適当なうえ、あまり物事を深く考えない性分なので、まったくもって探偵には向いていない青年だった。