【前回の記事を読む】二十世紀梨ワインを理由に鳥取の遺言公開へ代理出席――衝撃の事件が始まる

第一章 爬虫類の棲む屋敷

翌日の夕方。美羽の運転をする赤いセダンが峠道を走っていく。大山をバックに広がる景色は白。白。白。ただただ真っ白いだけの世界だった。

――素敵。スタンリー・キューブリックの映画みたい。

ヘッドライトに反射して、ダイヤモンドにも似た輝きを放つ光景は、いつかレイトショーで観た記憶がある。

この延々と変わらない風景に、黒以外の色を加えてみようと、ヨハネス・イッテン色彩論のカラーチャートを頭の中で広げてみた。

――青なんて意外性があるわね。いや、やっぱり緑もお洒落かなぁ。

赤だとありきたりだし、紫は少し冒険すぎる。樹木のブラウンがアクセントとなっているので、できれば暖色系を添えたかった。

――あっ、山吹色だ。

やや赤味がかった黄色を配置すれば品よく映えるだろう。

白、茶、に加え山吹色。そんな鮮やかに彩られた空間をイメージしつつハンドルを握っていると、いきなり無数のイタチが横切っていった。

「あぶないっ」

即座にギアを落とし、ブレーキの踏力を調整する。挙動は乱れるも、間一髪で衝突をまぬがれた。

「びっくりしたー。でも、まさしく『鼬(いたち)の怪』ね」

頬に小さなエクボを作り、平家物語の一文にあった伝承を思いだす。

大量のイタチが鳥羽院を走り抜け、『善きことと、悪しきこと』が、その後に起きたと伝えられる民話を。