ストリ
次に目指すストリの街までは、モンテローシから約10km。歩いた時期は2月。周囲を360度見渡しながら牧草地や畑の間を歩くのは心地よいが、時折吹き荒ぶ風が身体にこたえる。しばらくすると、丘の上に作られた堂々とした石造りの街が現れた。ストリの旧市街である。
ストリという名前は、ローマ神話の農耕の神サトゥルヌスが作った街という伝承に由来するらしい。実際ストリ市の紋章には、馬に乗って手に3本の穂を持つサトゥルヌスが描かれている。ちなみに、ローマのフォロ・ロマーノには、ローマの国家金庫として重要であったサトゥルヌス神殿が残されている。
ストリの街は当初エトルリア人が住み着き、紀元前383年に古代ローマによって征服された。道を挟んだ旧市街の反対側には、2000年以上前に天然の凝灰岩を掘って造られたという珍しい円形競技場跡が今も残されている。アリーナが一面緑で覆われている様が実に美しい。7000人以上を収容できたというから、相当大きなアリーナだったはずだ。
またその脇には、ネクロポリス(共同墓地)が並んでいる。凝灰岩を掘って造られ、紀元前から紀元4世紀頃まで使われていた。
このネクロポリスの一つに「安産の聖母の礼拝堂」がある。それ以前は、ミトラ教の礼拝堂として使われていた可能性もあるらしい。エトルリア人の墓地が、古代ローマ時代にはミトラ教、その後キリスト教の聖堂になったというわけだ。
この地が常に様々な人が集まる要衝であったことを窺わせる。伝説では、8世紀にフランク王国のシャルマーニュ大王の妹といわれるベルタが追放されてローマを目指す途中、ストリの洞窟で、後にパラディン(聖騎士)として大活躍するオルランドを産み落としたとされる。もしかしたら、その洞窟とは、このネクロポリスだったのかもしれない。
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