【前回の記事を読む】零下の朝、古びた丘の家を訪ねてきた隣の少女が示したのは、謎めいた池への誘いだった
一
この日は、ここから15マイルほどのところにあるウッドストックの街に出かけることにしていた。
ウッドストックは、ベトナム戦争の時代に大規模な反戦コンサートが開かれたことで一躍名を馳せ、その後は、世界中から芸術家が集まる街としても有名であり、この辺りではスキー場としても有名なハンターマウンテンとともに数少ない観光スポットだったのであるが、私の関心はそこにはなく、むしろその町に辿り着くまでの光景が殊の外気に入っていたのである。
とりわけ、林間に点在する清楚な家々は、まるで地面から生えてきたのではないかと思えるほどにあたりの自然と一体化し、私はこれらの家々だけで十分に特集が組めるような写真を撮り続けている。
そしてもう一つの目的は、この小さな町にある「ラーメン屋」を訪れることにあった。一通りの撮影を終え、決してうまいとは言えなかったが、冷え切った体にラーメンのスープを啜る瞬間が、たまらなく楽しみであったのである。
私は撮影機材を抱え、家に隣接するガレージへと向かった。
ガレージと言っても、日本では十分に一戸建ての平屋と言えるほどの広さがある。芝刈り機やサイモン夫人の亡き夫が使っていたであろう大工道具などが、今でも主の用途にすぐにでも応えられるかのように整然と並べられていた。この家に住み始めての最初の大仕事が、広大な庭の芝刈りであった。
サイモン夫人が所有する十年落ちのフォードLTDのエンジンはキーを回すと一発でかかった。そしてまさにギアを入れ、アクセルを踏み込もうとした瞬間、車の前に飛び出してきたのはナタリーだった。
「危ないじゃないか!」私は思わず声を荒げた。
「一緒に連れて行って!」
ナタリーはすばやく助手席に収まると、身を隠すように背中を丸めた。
「早く車を出して! ティナに見つかってしまう」
私は言われるままに車を出した。
「ああ、よかった。最近ティナがますますあなたにご執心なのよ。邪魔されてたまるかだわ、全く」
「あはは、ティナはまだ10歳だよ」
そう言うナタリーもまだ18歳になったばかりであったのだが。
「今日はウッドストックだ。途中、写真を撮りながら行くけど、着いたらラーメンを食べよう」
「そうくると思ったの。うれしい!」
そういってナタリーは私の片腕にしがみついた。
「おいおい危ないじゃないか」