結局、卒業後もレストランでウェイトレスのアルバイトを続けることにした。私の「決意」を聞いた後、オーナーシェフのミスタ洪(ホン)は満面の笑みで、私の小さな手をグローブのような大きな手で、強く握ってくれた。
それは光栄であると同時に、心の奥底から込み上げてくるものを感じた。シェフの助手をしている矢吹君も、嬉しそうに下を向きながら笑っていた。
時間は再びあっと言う間に過ぎていく。一年後の解禁日が過ぎ、私は同じ出版社へもう一度エントリーした。
あれから三十年、いくつか働き場所は変わったが、私は出版業界で仕事を続けた。仕事熱心であるあまり、結婚と出産の機会を逸してしまった。その間、素晴らしい本の編集の仕事に携わることができ、自分なりに満足している。
ただ、日本の農政と畜産業の問題については、避けて通ってきたわけではないが、マスメディアのあり方に風穴を開けるような仕事はまだできていない。
日本の農政は、乳業も米作も、根本から変わらないといけない。その思いは変わっていない。
食料輸入が途絶えたら、数百万あるいはそれ以上の人々が餓死してもおかしくない。本当はひどいことになっている(一部だが、農地の沙漠化が進んでいる)。
他人事じゃなく自分事として捉えてほしい。