【前回の記事を読む】毒薬を口にし自決した妻――亡骸を抱いて呆然としていると自分が殺めたと誤解され…

仙人裁判

生命の神秘である。

ハレー彗星は76年の長旅を終え、再度地球に接近し、新たな生命の種を地上にまいた。そこで新たな地上で、新たな甲虫となって飛翔する段になっても、スズキ青年には過去の自我があった。

自分の意思で飛翔できない蝶ではなく、逆風に突き進むコガネムシとして転生した。スズキ青年であるコガネムシは、金や銀の燐光を発した。

他の虫たちは、スズキ青年の甲殻に敬意を表し、尊重した。自分の価値は自分自身で量るどころではなく、みなが褒め称え、必要とするのである。

そんな環境で夏を終え、蕭々(しょうしょう)と秋風が照葉樹を枯らす季節となり、想いを遂げて子孫は繁栄することだろう。

そんな未来予想を抱き、再び土へと帰還した。

そこでスズキ青年は漁村の浜辺で目を覚ました。

「ああ、夢か……」

薪で沸かしたドリップ・コーヒーはすでに冷え切っていたが、海洋の潮騒が伝わってきた。立ち上がって荷物をまとめ、循環バスで自宅へ帰還した。

今度はなにものも変わってはいなかった。自室の窓から箱船を一望すると、その中の卑小で臆病な自分を改めて認識した。しかし手元には、金色をしたコガネムシの死骸が残されていた。