宏がサブちゃんの話をさえぎって怒鳴り、家を飛び出した。説得に失敗したサブちゃんはため息をついた。市瀬は宏が怒ったことより、サブちゃんの新たな一面を見たことが驚きだった。
その夜、市瀬はサブちゃんの気を紛らせようと「時の扉」に連れて行った。席に着こうとして、市瀬は息を飲んだ。先客にサングラスの男がいたからだ。市瀬が対応に困っていると、サブちゃんがサングラスの男の隣に座った。
「あなたはこの街の不良の元締めですね?」
サブちゃんは敢然と男に立ち向かっていった。
「ちょっとサブちゃん、よしなさいよ」
りえがサブちゃんを宥(なだ)めようとするが、応じる様子はない。
「ずいぶんな物言いですなあ。私は宍倉と申しますが、お名前は?」
そう聞かれたサブちゃんは「わかりません」と答えた。説明が必要だと思った市瀬は、補足としてサブちゃんが記憶喪失であることを宍倉に伝えた。市瀬が話し終えると、サブちゃんはふたたび話し始めた。
「あなたの使い走りに、佐藤宏という若者がいるでしょう。私はあなたが地上げしているところを街中で見かけたことがあるので、
『悪いことは言わないから、あの親分とは縁を切りなさい』と、宏に言ったんです。
そうしたら、怒って家を出て行ってしまいました。お願いですから、若者を悪の道に引きずりこまないでください」
宍倉は最後までサブちゃんの話を聞くと、一万円札をカウンターに置き、無言のまま帰ってしまった。
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