【前回の記事を読む】「天上界は神の国、すなわち、真実の国…真実のもとには、真実の慈悲があります。」

承の章 古事記(こじき)(天上界)

事物(じぶつ)になれる神

十、

「すぐ前にみえる山々が、双(ふた)つ神(かみ)の国々です」と、我の神の説明がはじまった。

なるほど、神の名を覚えようとすると、先へは進めない。貴の神は、ザーッと、聞き流すことにした。

「それぞれの国を、双つ神々の発生された順で申しますと、うひぢにの神・いもすひぢにの神は、泥と砂の双つ神で、土になれる神々です。つのぐひの神・いもいくぐひの神は、長いと短いの双つ神で、杭(くい)になれる神々です。

おほとのぢの神・いもおほとのべの神は、高いと低いの双つ神で、場所になれる神々です。おもだるの神・いもあやかしこねの神は、身と心の双つ神で、身体になれる神々です。

いざなぎの神・いもいざなみの神は、男と女の双つ神で、夫婦になれる神々です。五代(組)の双つ神は、いずれも、事物(土・杭・場所・身体・夫婦)に、なれる神々で、事物(コトモノ)の始まりを示しているといわれています」

と、もの覚えが抜群と称賛された我の神だけあって、故事来歴(こじらいれき)(古いこと、その歴史)の話によどみがない。

ときおり、天の沼矛に耳を寄せながらの、案内であった。

貴の神は、新事記のことが念頭にあるためか、はじめて聞く、事物になりませる神の話に、真剣な面もちで、聞き入っているが、多くの神々の名で、疲れを感じないわけではなかった。

ここで、われら二神は、二峰で一山の、十峰五山の山並みを、五度、拍手(かしわで)をうち、十回、頭を下げて、敬意を示し、ご加護を願い、遥拝したのである。

十一、

我の神の案内は、まだまだ、止まることがない。

「別格の天つ神(五柱)ご一同のご指示より、四組(代)の双つ神は、いざなぎの神・いざなみの神一組(代)の双つ神に、すべてをお任せになります。その上で、別格の天つ神ご一同は、いざなぎの神に、天の沼矛をお授けになり、国生み・神生みを命じられたのです」

この話を聞いて、貴の神に、好奇心がよみがえってきたようだ。

「われら二神は、いざなぎの神の国生み・神生みが終わった後の、伊弉諾の尊の国へ到着したのでした。それゆえ、『伊弉諾の尊』と、双つ神としての『いざなぎの神』とに、違和感を持たれたかもしれませんが、このような事情があったのです」

ここで、物事(じぶつ)(モノとコト)になれる神々である、双つ神の説明を終えられた。我の神は、疲れもみせず、天地(あめつち)(天と地)になれる神々である、独り神で、天地に身を隠された天つ神の案内に、移られたのであった。