エレベーターの前で少し待たされた。エレベーターが降りてくるのが待ち遠しかった。エレベーターの中に乗っていた人に急ぎ退出願って、手術室のフロアに向かった。フロアに到着するや否や、一気に手術室になだれ込んだ。

いくら緊急手術といっても、通常は手術室外のベッドから手術室内用のベッドに患者さんを移してから手術室に入室する。救急外来の看護師と手術室の看護師の間で申し送りをし、実施している点滴の内容や持参した医療器具や薬剤を引き継ぐのが一般的な手順だ。

もう一つ、緊急手術であっても患者さん本人か、それが難しい場合には家族に手術の必要性や予想される手術の結果や合併症の可能性について説明し、文書で同意をもらう、いわゆるインフォームドコンセントを取得することは必須であり、それなりの時間や手続きが必要になるのが一般的だ。

しかし、その時は全く時間の余裕がなかった。なにせ、止まりかかった心臓をわしづかみにして心臓マッサージを続けていたのだから。

手術室内は準備のためにてんやわんやだった。滅菌された手術着を着て手術器具を準備する器械出しの看護師、手術室の外回りで飛び回って準備する複数の看護師が入り乱れていた。

そこに当直の麻酔科医がやってきた。寝ているところを起こされたのか、眠そうに目をこすっていた。手術室内の混乱した状況、患者の胸腔に手を突っ込んで心臓マッサージをしている私の状況を見て突然彼は大声で叫んだ。

「もう死んでいるじゃないか、死体に手術なんかするな!」

私はとっさに言った。

「頼む、まだ救えるかもしれないんだ!」

麻酔科の医師と私とは、一瞬、激しく視線を衝突させた。しかし、麻酔科の当直医は、黙って視線を外し、それ以上は何も言わずに気管内挿管をして、人工呼吸を開始し、麻酔薬を投与して麻酔をかけてくれた。人工心肺装置の装着が必要になることを察知して血液をサラサラにする薬、ヘパリンも手早く投与してくれた。

 

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