【前回の記事を読む】「ちょっとは残業してくれたら、教えられるんだけど」姉の進入社員への愚痴にギャップを感じても「時代遅れすぎない?」とは言えず…

訳アリな私でも、愛してくれますか

「ん~でも、与えられた仕事も残業をせずにこなして、業務にも意欲的なんだったら、話を聞く限りでは結構まっとうだと思うけどなぁ。まぁ私は実際その人の仕事ぶりを見たわけでもないし、わからないけどね」

「まあね」

なんとなくこの話題について意見がかみ合わないというのはお互いが察したようだ。千春は自分で作った梅酒の水割りをぐっと煽った。

朝8時半頃。理子がドアを開けて振り返ると、鍵を閉めている秋斗と目があった。

(……なぜ!?)

これまで一度もドア前で会ったことはない。

「おはよう」

「おはよう……」

(って、このままいくと家から会社まで一緒に行く流れになるのでは!?)

そう思い、少し足を止めて秋斗を先に行かせる。しかし、すぐ廊下の突き当たりにあるエレベーターの前で秋斗が足を止めたのがわかった。

(そりゃそうだよね……っていうか、なんでこれまで会わなかったのに、認識した途端こんなに会うようになるの!?)

そんなことを考えつつ秋斗の視界に入らないようその後ろに並ぶ。

「もっと普通にすれば? 一緒に行きたくないなら俺、階段で行くけど」

「あ、いや、別にそんなことしなくてもいいよ、ただなんかちょっと……」

(気まずいって本人に言うのも違うし、なんか仕事モードじゃないときに会社の人に会うのは嫌だなってだけで……)

朝はまだ眠気が残っていて、他人に会う心構えができていない。家の近くはまだ「プライベート」の時間であって、会社まで歩きながら徐々に脳を仕事モードに切り替えていく。

コンビニにすっぴんで行ったらたまたま会社の人に会ってしまった、というときの気恥ずかしさと似ていた。

「嫌そうだし、俺、先行くわ」

「あ……」

秋斗はすたすたと階段の方に歩いていって、そのまま靴音が遠ざかっていく。ちょうど来たエレベーターに乗り込んで1階を押すと、ふと1階でまた遭遇するのではないかと思った。

しかし、1階に到着しても影はなく、エントランスを出て面した道路に出たところでようやくその背中を見つける。

(よかった……)

安心と、言語化出来ない複雑な気持ちを抱えて、理子は歩き出した。

10分ほど歩いて会社に到着、自分のオフィスに入る。

「おはようございます~!」

「おはよう」

先輩たちに挨拶をして自分の席に座ると、ふと低い仕切りの向こうに秋斗がいるのが見えた。先輩か上司かと真剣な表情で話をしている。