【前回の記事を読む】台所に出現する「ゴキブリ亭主」。男が料理に勤しむのは、男の役割に専念できないダメ夫の証だった?

餃子が焼けない 

前置きが長くなってしまった。台所仕事の負担などをめぐる、男女の間の問題については、別途触れる機会があるだろう。ここで問題にしたいのはそのことではない。もっともっと、はるかに些末な問題なのである。

筆者の台所では、最近ガステーブルを交換した。このガステーブルが腹立たしい代物なのである。

このガステーブルの設計思想は安全第一ということ。それはそれでよい。問題は、この安全確保の基幹に温度センサーがあり、その温度センサーが鍋やフライパンなどの調理器具をセットしないと作動しない点にある。

つまり、このガステーブルは空燃焼ができない。(空の鍋を加熱する空焚きはできる。)鍋をかけないで火を付けようとしても付かない。鍋をかけないで空燃焼を長時間続けることは危険なので、このガステーブルは未然にその危険を防いでいるわけである。

それはよい。しかし、それは、鍋なしで火を使おうとしても、原則できないということになる。たとえば、海苔を焼こうとすると、ハタと困るわけである。

そこら辺は、設計者も分かっているのだろう。Aという設定変更をすることで、空燃焼が可能なようになってはいる。なってはいるが、その空燃焼可能への設定変更の操作が、必ずしも簡単とは言えない。この点にまずイラつく。

料理は、複数の工程を同時並行的にこなしてゆくことが多い。ポテトサラダを作りながら、スパゲッティ・ミートソースを作るとしよう。ポテトサラダのために、じゃがいもをゆで、玉子をゆで、キュウリなどに塩を振っておく。

一方で、スパゲッティをゆで、面倒なソースを作らねばならない。じゃがいも、玉子、スパゲッティ、ソースの四つにつきそれぞれ熱源が必要なので、三つ口コンロのガステーブルでこれらを行なうには、緻密な計画性と手際の良さが必要になる。のんびりしている暇などない。料理をするというのは、かなりせわしない営みなのである。

そうしたせわしない営みの中で、ガステーブルの設定変更に手間を取られるのは、たとえて言うと、火事場でていねいな時候のあいさつを強いられるようなもので、マッチしない。なじめない。このガステーブルに換えてから、筆者のイラつきは確実に増加したのである。