壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事

(6)

漁門の青い扉をくぐると、段惇敬(トゥアンドゥンジン)が、無愛想な顔をのぞかせた。

「叙達(シュター)か。どこぞで油を沽(う)っておったか。まあ、よい。おまえに仕事だ。以前、李清綢(リーシンチョウ)殿の名下だったと言っていたな?」
「ええ」
「これを、とどけてもらいたい。ただとどけるだけでよい」

にゅっ、と突き出されたのは、一通の書簡であった。

「李清綢(リーシンチョウ)師父のところへですか」
「そうだ。直接、面識ある者は、おまえしかいない」
「城内に、入れるのでありましょうか」

紫禁城へつながる門には、すべて門番がいて、おいそれとは入れない。そして、私は、黒戸(ヘイフー)である。

「いいから、早く行け」浄軍(じょうぐん)だったときは、公が召集する一員だったので、行き来ができた。だが、今は、漁覇翁(イーバーウェン)という一私人の下仕えである。はたして、通してくれるのか?

門番が詰める宿所に、おそるおそる顔を出すと、さっそく呼び止められた。私は、漁覇翁落款(イーバーウェンらっかん)の入った身分証明書をさしだした。門番は一瞥するや、「漁覇翁(イーバーウェン)の手の者か」ともらし、「通れ」と言った。出入りをきびしく制限されている門にしては、あっけなさすぎた。