壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事
(6)
膚(はだ)が、透きとおるように皙(しろ)い。手足は細いというのではないが、すらりと長い。よく見ると、手首に、青くうかんだ痣(あざ)があった。
「気の強いのが、玉に瑕(きず)でしてね」
「いらんと言っているだろう」
「わが朝では、士大夫さまは、二人や三人の妾をかこうのは、当然じゃありませんか。お世つぎが生まれなければ、お家存続の一大事ですからな」
「わしは、宦官だ。世つぎの心配など、必要ない」
「宦官さまだって、おひとりじゃあ、淋しいじゃありませんか」
「なんでまた、宦官などに売りつけようとするのか」
「宦官の皆様は、ひどい値切りかたをされませんのでな。気前のよい、上客が多いんですよ。とくに漁門の方はね。エッヘッヘ」
あとになって気づいたことだが、商人があくまで引き下がろうとしなかったのは、私を漁門の重要人物と勘ちがいしていたからであろう。屋台は通りから見えないところにかくしておいたが、長ひげの鯉を目じるしに、男たちはやって来た。
彼らは湯(タン)師兄や段惇敬(トゥアンドゥンジン)の顔を、知らなかったのだ。娘の手首のあざをもう一度見やった。
逃亡をはかって、縄をふりほどこうとしたのか? 商人にしてみれば、手に負えず、早めに厄介ばらいをしたいのかもしれない。
「歳は、いかほどか」
「おい、答えろ」
娘は口をかたく閉ざして、ひらこうとしない。
「すみませんね、十四です」
すべては、これからという歳ではないか。
「わしが買わなんだら、この娘はどうなるのだ」
「そうですなァ……その場合は、女好きな殿方に、供することになるでしょうな」
「………」
こんどは、私が言葉につまった。ここで引き取らなければ、この娘は、娼窟(しょうくつ)に売り飛ばされてしまう。名門の血をひいたものの、たまたま没落の時期に生まれ合わせたがために、このような憂き目を見なければならぬとは!
私は、家柄とは無縁であったが、かつて、父祖伝来のわずかな土地をとられ、この少女と同じように、身のおきどころをなくした。幼かった妹も、あのとき、売りとばされたに相違ない。
以来、どこで、どうしているのかもわからない。妹のおもかげが、少女に重なって見えた。
「よし、買おう」
「おお、さすが。佛心あふれるお方と見込んでおりましたよ。お支払いは、来月朔日でいかがでしょう?」
「いま払う」
「お住まいをうかがいましょうか。そこまで集金に行きますから。ハンコはお持ちで?」
「いま払うと言っておるのだ」
「……というと、いま銀をお持ちで?」
私はうなずいた。
「へえ、めずらしい方ですな。だんなのような方が多いと助かります。おい、秤(はかり)をもって来い」
このような、公にできない取り引きは、業者のほうでも足がつくのをおそれて、現銀即決をよろこぶ――とは、のちに知ったことである。
用心棒格の大男が、てんびんを設置した。言われるままに、馬蹄銀(ばていぎん)と豆銀(まめぎん)をのせていく。男たちは、むしりとるように銀をふところに入れると、あとは用なしとばかり、脱兎のごとくに去っていった。あとには、無一文にもどった私と、娘だけが残された。