壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事

(6)

「どうしたのよ、いったい。ふさぎ込んじゃって、気分でもわるいの?」

石媽(シーマー)が何くれとなく心配してくれたが、ごまかす気力もなかった。

多くのことが重なりすぎると、言葉も出なくなる。安定した給金は、永年の苦労がみのってようやく手に入れた、福禄である。しかし、毎月手わたされる銀は、ひき裂かれた親子の、泪の結晶であるかもしれないのだ。

見きわめよう。ここがいったい、どういう組織なのか、見きわめるのだ。漁覇翁(イーバーウェン)がどういう人物で、湯祥恩(タンシィアンエン)や段惇敬(トゥアンドゥンジン)らをつかって、どうやってここまでのしあがったのかを。

非番の日、人さらいが集まるという場所に行ってみることにした。いつもは私のうしろに、飛蝗(バッタ)がひとりついて来て、ちゃんと仕事をしているかどうかと見張っているが、今日は、飛蝗(バッタ)の気配がなかった。

日ごろまじめに仕事に精を出しているおかげか、休みのときまで監視の必要はないと思われたのかもしれない。

だが、油断はならない。気配を感じないからといって、いないという保証はない。私は人でごったがえす繁華街をあるきまわり、わざと遠まわりをした。尾行をまくには、人混みにまぎれるにかぎる。

西山楼が面する通りを北へすすんでゆけば、空気はあやしくなる。路地をゆきかうのは、胸もとをはだけた胡姫(こき)の客引きや、一見して黒社会の人とわかる男たちであった。

人の流れにそって歩きながら、それとなくあたりのようすを観察する。人売りらしき影は、見あたらない。

(そんなにかんたんに、出会えるものでもないか……だいいち、さらって来た少年少女をおおっぴらに連れて歩くようなことは、しないだろうな。彼らだって、しょっぴかれたくはないだろうし)

きっと、子供たちはかくしておいて、いよいよ取引という段階になってはじめて、相手に見せるのだろう。

「だんな、いい娘がいますぜ。お買いになりませんか」

いきなり、声をかけられた。