段惇敬(トゥアンドゥンジン)か、湯(タン)師兄あたりが、たっぷりと賄賂をつかませているのかもしれない。通用門から皇城に入ろうとした、そのときである。

ひそんでいた華奢な影が、はしり寄って来た。門番たちはそれに気づくや、その影をとり囲んだ。

「何者だ。ここは皇帝陛下の居城であるぞ」
「放してください。私は、あの方に贖(あがな)われた下女なのです」
「だまれ。身元保証人もなく、身分証明書もないものが、城内に入ることは、まかりならぬ」

ぼろをまとった、乱頭粗服(らんとうそふく)の少女。あとをつけて来たのか。

「私は、あの方の下女なのです」

はっきり、そう聞こえた。門番が、つかつかとあゆみ寄って来て、ことの真相をたずねた。

「この娘に、見おぼえはあるか」

乱れた髪の合間から、哀願するような眸(ひとみ)が、のぞいている。

「はい。この子は、私の身内の者です」

少女をとり押さえていた門番たちが、かこみを解いた。

「ならば放免してやろう。だが、娘よ、そなたは城内に入ることはできぬ。ここで待て」

とっさに、機転をめぐらした。

「これから司礼監の李清綢(リーシンチョウ)師父のもとへ参りますが、師父から、いろいろと荷物をちょうだいする予定でして、この子は、それをはこばせるために、連れてまいったのでございます。なにとぞ、お目こぼしを願います」