【前回の記事を読む】「私物を整理したい…」妻が初めて吐いた弱音。一泊だけ許され、一緒に身体を洗った。骨と皮のような身体に何度も頬ずりし…

緑川次衛門氏のあした

初めの頃、娘たちがこの二匹をそれぞれ一匹ずつ連れていって面倒をみていたのだが、ワンルームで飼えないのを内緒で置いたのがばれそうになった。

それに娘たちには勤めもあって、それぞれ朝出て夜まで部屋を留守にする。ごはんはやっているようだが、彼らの健康まで気配り出来かねる。ところで葬式前後から次衛門氏は「休暇届け」を会社に出していた。それまで取らなかった「有給」の「休み」を取った。

そんな次衛門氏の家に、猫犬も彼らのもともとの自宅に戻ってくることになった。

猫のピッケは茶虎の雄で、結構雌猫の間ではもてているような顔立ちをしている。

飼われて約十年、妻が野良猫だった彼を可哀想だと家に入れたのだ。そのピッケが何やら目から涙とも鼻みずとも思えぬものを出し、いやに元気がなく、バタンとしている。次衛門氏は思った。

ピッケは妻の思いがある猫だ。何とかしなくてはと。幸い今、自分は有給休暇というれっきとした時間の中にいる。次衛門氏は妻がピッケ用に買ってあった猫用バッグに嫌がるピッケを押し込めて動物病院に連れて行った。

次衛門氏にとって動物病院に行ったのは初めてで、次衛門氏なりにちゃんと動物病院を検索し、その中でポイントが高い、そして比較的に近所と思えるA病院に駆け込んだのだ。

病院内に入ると、ピッケも彼の膝の上でがたがた震えていたが、次衛門氏も少々緊張してきていた。動物病院の患者たちは皆、血統正しい高価な犬、猫たちらしく、ピッケのような野良はいないように思えた。

周りにいるのは、次衛門氏の犬猫知識で、毛なみとかが何となく上品ぽくて、その周辺ではいない種のようで、ここに来るべき猫ランクにはピッケは入れないのでは、と不安も少しよぎった。

次衛門氏には患者たちの種類の名前など全くわからない。ピッケの後に、ご夫婦に付き添われて室内犬だろうおとなしい犬が入って来た。心配そうなお父さんお母さんにしっかりと抱かれている。今のペットは実の子供より子供のようだと彼は思った。ピッケが呼ばれて診察室に入る。

医師はさすがに動物病院の動物専門の医者という手慣れた様子で、次衛門氏がピッケ逃亡のもしもに備えて入れてきた洗濯ネットを少し開けてピッケを診察すると、「結膜炎です」と言った。その他、ピッケはここで体重も量られ、猫も一年に一回は予防接種をしていた方がいいですよと勧められた。

今までは多分妻が担っていたのだろうなと思いつつ、この頃自分の記憶への不安で持つようになっていたメモノートにペット欄として記した。

目薬の入ったピッケちゃんと記入した袋をもらって、診察料とで五、六千円が出ていった。やはり動物の医療費は保険が利かないから高いなあと思いつつ、その目薬のおかげでずんずん治っていくピッケを日々見ていると、そんな思いは消えていった。

そのことをきっかけに、二匹の餌もうんちの掃除も次衛門氏が世話をするようになった。ペットフードを入れるそれぞれの器と水入れは、食べ残しの餌を始末してきれいにした。