道路から数歩の玄関。コンクリートブロック塀の内側に自転車がある。ママチャリなのにサドルの位置がやけに高い。

義弟になったかもしれない人の脚の長さに驚いた。

母親は玄関引き戸を開け、ヤスシを家に招き入れた。うろたえ、草履を脱ごうとしてつまずきかけ、ヤスシに支えられた。

「驚かせて申し訳ありません、突然、押しかけてしまって。いったんおいとまして、孝一さんがお帰りになる頃に、また伺います」

「そんなことおっしゃらないで」

母親は来客用スリッパを揃えて出した。

「孝一は結局、この家には住まなかったんです」

「結局、住まなかった?」

ヤスシは脱いだ靴を揃え、出されたスリッパを履いた。トイレや風呂、台所といった水回りを過ぎ、テレビがある畳の部屋に座った。

典型的な当時の家だ、とヤスシは懐かしく思った。

自分も三世代六人でこんな作りの家に住んでいた。祖父母が亡くなりローンを払えなくなって出たが。

窓の向こうに藤棚が見える。

「見事に咲いていますね」

「亡くなった主人がこさえたんです」

「ご主人は亡くなられたんですか。妹は知っていたのかどうか。妹は、このお宅に伺ったことは無かったようですね」

「お会いしたかった。可愛い女性はいないのって聞いたことはあるんですよ」

ため息をついた。

「後ろめたい記憶だから、うろ覚えになっていますが。自分が悪者になりそうなことは、さっさと忘れれば、無かったことになるんですね」

「あの、どういうことでしょうか?」

彼女はため息を止め、片手を振った。

「妹さんの名前はタカコさん、あなたはヤスシさん」

「はい、ヤスシの漢字は目上の人を敬う、という意味の悌です。妹の漢字も同じような意味です」

「親孝行の孝?」

「はい」

「ウチの長男と同じ漢字」

「孝子のも私のも、名付けたのは祖父です。自分たち夫婦が逝った後、息子を孫たちに託すつもりで。私が生まれても、妹に似た意味の漢字をつけたということは相当な期待です」

ヤスシは両眉をあげて両頬を持ち上げた。

「まぁ、事情が色々あるんですね、どこのお宅にも」

そう、父には事情が。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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