【前回の記事を読む】海外出張から帰国した父と、1年ぶりに再会…父には現地の女性との間に子供ができた疑惑があり…
二〇〇五年 孝一@領事館
二〇一〇年 悌
「こんにちは、あの、加藤さんですね、私は孝一さんの友人の鈴木タカコの兄、鈴木ヤスシと申します」
高齢女性にしては背の高いシルエットが目的の人だと確信した。玄関わきに咲き誇る紫のシャクヤクのように真っすぐな背筋をしている。自分に目を上げるその顔の、シワの深さもシミの多さも、彼女の尊厳の一部だ。
孝一の母親は玄関前道路を掃き掃除する手を止めた。
「あの、この写真を」
ヤスシは写真を数枚、広げた。
孝一の母親は不審者を用心する目つきのまま、写真に視線をおとす。
「孝一? この女の人は」
楽しそうに寄り添う二人の写真に彼女は目を見開き、突然やってきた見知らぬ人と写真を交互に比べる。
母親は喉を震わせ、肺の奥から声を漏らした。
「ああ」
「私の妹です。孝一さんにお目にかかってお話ししたいことがあるのですが。いらっしゃらなければ出直します」
母親は複雑な表情でチラとヤスシを見るなり箒と塵取りを持った両手の甲を両目に押し当てた。
「何か、あったんですか」
「この妹さん」
涙声になる。
「あなたに似てらっしゃる。どこにいらっしゃるの」
「あの、ご存じないかもしれませんが、妹は孝一さんの子を宿していました」
母親の右眉が跳ね上がり、両目が丸く開く。息子と同じ薄い灰色をしている。
「い、ま、し、た?」
箒と塵取りを落としたが、気がつかない。流れていた涙が止まった。
「転んだようです」
「転んだ?」
声がひっくり返る。
「どういうこと? いつ? いつのことですか! どこで! まさか、まさかじゃないでしょうね、ねぇ! 孝一の子どもなんでしょ!」
その足が、落ちた箒や塵取りを蹴散らす。落ち葉が再び散る。季節柄、数枚しかない。
「遮断機の下で倒れていたのを、通りがかりのドライバーが見つけて救急車を呼んでくれたんですが、間に合わなかったと」
「マニアワナカッタ」
理解できないままのオウム返しになった。
「私は妹の遺品整理をしていて色々と見つけたんです。孝一さんの存在を知ってから、ここを探し当てるまでに五年もかかってしまいました」
「イヒン? 遺品って、じゃ、おなかの子どもだけじゃなく? とにかく、お入りください」