洞窟班と海底班に分かれての作業となった。結迦の担当となったのは、洞窟班のほうだった。どんな岩場か、どんな生き物と遭遇できるのか、すべてが楽しみでしかない。目に映る景色そのものが、地球の断片でもあり、かけがえのない真実である、命の瞬間でもあった。
カメラと機材の最終チェックを終えると、重いタンクを背負い、レギュレーターを咥え、真っ青な海面へと降りていく結迦。海水と一体化してしまう、結迦の大好きな時間の始まりでもあった。 太陽の光を反射する海面の下は、透明度も高く、美しい碧の世界が眼前に広がっていた。
仲間とアイコンタクトを取りながら、洞窟へと向かっていく。近寄ってくる魚たちに、結迦は挨拶しながら至福感に満たされる。洞窟への入り口と思われるその場所は、緩やかな岩壁の中腹にあった。やっとひとりが通れるくらいの、穴の向こう側の世界へと進んでいく。
時間と残圧を気にしながら潜行していくわけだが、常に生死の狭間であることに違いはない。それでも、潜るのをやめる選択肢はあり得ないくらいに、海への魅力にとりつかれてしまっていた。そこに山があるから、登っていく! 海バージョンとでもいえるだろうか。
結迦は一瞬、聞きなれない音が聞こえたように感じた。身体の奥深くが振動しているのを同時に感じていた。この感覚、以前にもどこかで体験したような記憶が蘇った。結迦は咄嗟に岩に触れ、静止した。「なにが始まるの?」そう思った瞬間、意識がどこかに飛ばされたようだ。視界が歪んだようになり、秒速で景色が流れていく。
「海底の神殿を発見したぞ。行ってみないか」この声は、信長さま? 結迦は瞬時に信じた。
「はい、行きます!」
身軽になった身体で手をつなぎ、気づくと、門のような大きな扉の前にふたりは立っていた。巨人が出入りするかのような大きさの扉の両脇には、ウミガメが直立して槍を片手に持って立っていた。大きな石像が……と思ったら、
「お待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」
ウミガメがそう喋ると、ギギギッと音が鳴り響き、扉のてっぺんが見えないくらいの高さで、どこまで扉が続いているのか知る由もないが、扉の向こう側へと移動した。
ホールのような空間には、放射状にいくつもの道が分かれていた。誰かがこちらへ歩いてくる。
「事前に、あなたたちのことは伺っております。どうぞ安心して、お好きなようにお過ごしください。どのルートを選んでも、必ずまた扉が現れますが、自動で開きますので自由に行き来できます。それでは、行ってらっしゃいませ」
「ここの場所って、海の中? 海の地下になるのでしょうか?」
「さあな。想念で会話できるみたいだが、半魚人の世界なのか……」
「信長さま、どの道を選んでみますか?」
「真ん中の真っすぐ続く道が、早く着くのではないのか。先は見えんが、この道にするぞ」
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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