笹川のその言葉に、くるみはうなずいた。横並びでいるのはベンチに腰掛けてランチを食べているときと同じなのに、それよりもずっと近い距離感。傘の下という閉鎖的な空間に一緒にいるということが、笹川との距離を意識させるような気がした。

「笹川さんは、いつもこのくらいの時間に帰ってるんですか?」

「うーん、曜日によってかなり違いますね。授業が何限目に入っているかでかなり変わります」

「あっ、そっか。確かに、大学って結構遅くまで授業ありますもんね」

「はい。でも、金曜日はだいたいこんな時間です。くるみさんはいつもこの時間帯なんですか?」

「うーん、そうですね。でも、今日は少しだけ早いかもです。金曜日は片付ける仕事が多くて遅くなりがちですから」

「なるほど。そういうのもありますよね」

学生からの提出物を抱えている笹川に、気づかれないよう傘を傾けてあげる。時々触れ合う右側の肩にやや緊張を覚えながら、駅までの道を歩いた。

駅に到着し、傘を閉じて構内に入る。

「左肩、びっしょりじゃないですか……!」

笹川に言われてはじめて自分の左肩が雨にびっしょり濡れていることに気づいた。

「あ、本当だ……気づきませんでした」

「本当にすみません……私のせいで……」

笹川さんが慌ててハンカチを取り出し、拭いてくれる。薄手のシアーカーディガンを着ていたが、色が変わるほどぐっしょり濡れていた。

「こういうのは、生地が薄いのですぐ乾きますから! 大丈夫です、気にしないでください」

くるみはカーディガンを脱いで、絞る。するとしずくがカーディガンからぽとぽとと落ちた。

「何も出来ずすみません……今度、ちゃんとお詫びさせてください」

「いえ、全然! おかまいなく」

「その……こんなタイミングで言うのもなんですが……今度一緒に屋内ランチしませんか? ごちそうさせてください」

くるみが帰宅すると、すでに合鍵で家に入っていた千春が迎えてくれた。

「くるみ、傘持ってなかったの!? 髪も濡れて……」

「大丈夫、平気だよ。傘は持ってたし」

そう言って折りたたみ傘を見せる。

「だったらなんでそんなに濡れてるの……」

「ちょっと、人を傘に入れてたの。傘がないって言ってたから」

「え~……そうなの、会社の人?」

「……ううん、前言ってたランチ友達の人」

「ランチの人!? あの大学の助教授やってるっていう?」

千春はキッチンで料理を作りながら話を聞いている。

次回更新は10月30日(木)、11時の予定です。

 

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