【前回の記事を読む】突然喘息持ちの子の親になった。保育園からの「咳が止まらない」連絡で、有休消化はあっという間。同僚も嫌な顔をするように…
二〇〇四年 ローザ@南の島
「ローザ、大丈夫だよ。ガブリエルは必ず、戻って来る」
母親が、簡素なベッドに横たわる娘の背中を腰から肩まで、大きくさすった。
「娘の恋愛は母さんの幸せだよ。ところでさ、水が足りないから泉にいくよ。ガブリエルの島には水道ってものがあるんだってねぇ。でもね、水道は無くっても、家族がいれば幸せさ。家族が増えようとしてるんだから、もっと幸せさ」
バケツのプラスチックは劣化しているがまだまだ使える。取っ手が外れ、植物のツルを代わりに通している。
「ママ」
声がかすれる。
「ここに居て」
ローザは言葉を継ぐことができなくなった。
「ママ」
薪をくべていたローザの姉が声をかけた。
「あたしが水汲み行くからママはそのまま」
仕切り代わりの物干しの向こうにいる息子に愛おしみの眼差しをなげた。
「両親に似て」
姉妹のママはその眼差しを追い、嬉しくて悲しくて微笑んだ。
「ハンサムな子だ」
少年が振り向いて嬉しそうに大げさなキスを送る。
「この子が生まれるときもママが背中をさすってくれて気が紛れた」
木切れで炎を調整する手を止め、少年のママは自分の母親に大きな瞳を向けた。
「このお湯はそのうちぬるくなるよ。薪は残り七本。ねぇ」
洗濯をしている息子に声をかけた。
「一緒に行ってくれる? 水がいっぱい、必要なの。翠(みどり)色の目をした赤ちゃんがもうすぐ生まれるよ。赤ちゃんには水がいっぱい、必要なの」
少年はニッコリし、両腕を上げたまま軽く高く跳ね、屋根の内側にぶら下げてある別のバケツを外した。
爽やかな乾いた風が低い天井の下、密林側にある壁の隙間からビーチ側の隙間に吹き抜け、ローザの汗を甘美な記憶の中に散らした。
真っ白な砂の上、ガブリエルと手をつないで歩いた。
真っ青な海の中、ガブリエルとくすぐりあった。
満天の星降る下、ガブリエルは愛の言葉であたしを溶かした。