【前回の記事を読む】最期に顔見ることも許されなかった。遺された子供の父親なのに、「ご本人の意思で、今の姿を見られたくない、」と。

二〇〇三年 玉手箱@アパート

受け入れられない。俺の心臓を怪物の腕が下から鷲掴みして地獄に引きずり込もうとしている。

茫然自失になった時間は、子どもの腹の音に中断された。

「ぼく、はらへった」

突然、父親になった。コドモって何だ? 宇宙人だ。自分が子どもだった記憶とテレビでしか知らない、親子という関係が空から降ってきた。

実家に住むしかない。通勤が片道二時間になるが仕方ない。

「孝一、あんたね、騙されてるの、わかんないの? こんな子ども押し付けられちゃってさ。ちっとも似てない。だいいちヤクザの女! 絶対にヤクザと面倒なことになるって! その子どもとは縁を切りなさい!」

「そのヤクザが育児の手伝いやってたんだよ!」

「ウチはヤクザじゃあない」

「話がかみ合ってない。とにかく、俺の子だ」

「もっとちゃんとした可愛い人、世の中にはいくらでもいるでしょ?」

孝一はアパートで二人家庭を始めた。ガキは宇宙人のくせにメシを食う。クソをする。それも俺と同じ時間帯にもよおす。便所がもう一つ欲しい。絶対に欲しい。喘息もあった。喘息の原因は様々らしいが息子の場合はタバコらしい。

「ママはたばこをすわないよ。けどね」

息子が太ももにしがみつきお茶目に見上げる。

「ふつうのひとは、たばこをすうんだよ」

「ママのこと、何でも、教えて」

孝一は息子を高く抱き上げた。バーベルのように上げ下げすると子どもは喜びのあまり両腕両脚を広げてのけぞる。

負荷が高まる。いい筋トレじゃないか?

「いいよ。ぼくね、パパのこと、あうまえからしってたよ」

「知ってた?」

「うん。ママがね、これくらいのはこ」

両腕でアーチを作った。

「ときどきあけてね、ないたり、わらったり、はぁって、いきはいたりしてたの」

「もしかしてオレンジ色の?」