鬼の夜ばなし1 コヅナ(昔話『鬼の子小綱』より)

昔々のことだった。山深い村にそれはそれは美しい娘がおったそうな。

その瞳は星のよう、その姿は月のよう、笑顔は咲いたばかりの花のよう。娘はまた身を惜しまずよく働くので、嫁に欲しいという者が絶えず、娘をひと目見たいと村にやって来る者が絶えなかった。

その噂は風に乗り、山の奥の奥に住む鬼のところまで届いていた。

ある日のこと、嵐と共にやって来た鬼に娘は連れ去られてしまう。上を下への大騒ぎとなったが、鬼が相手となれば誰もが尻込みし、助けに行こうとする者はいなかった。

そこにひとり、名乗り出た者があった。隣の家に住む若者だった。

若者と娘は幼い頃から心を許し合い、ゆくゆくは共に暮らそうと約束していた仲だった。

若者は山を越え谷を越え幾日も娘を捜した。しかし、ひと月ふた月、一年二年と月日が流れてもどうしても見つけられない。だが若者は決して諦めることはなかった。

そんなある夜、疲れ切って寝入った若者は誰かが歌う声に目を覚ました。

「年に四度の節分に、鬼の里への道が開く、道が開く。あの洞窟の道が開く」

鬼の里に連れ去られて三年、娘は身ごもり、玉のような男の子を産んだ。名をコヅナという。人と鬼をつなぐ綱、鬼の子コヅナだ。

生まれたばかりのコヅナは、ぷっくりころころとよく太った、それはそれは可愛らしい赤ん坊だった。しかし一つ二つと年を重ねるごとに、母は悲しそうな顔になっていった。

それがなぜなのか、コヅナはずっとわからなかった。

母はコヅナが摘んできた小さな花を喜んでくれた。母の笑顔は、その花よりずっときれいだった。

コヅナが五つになったある日のこと。コヅナの前に見覚えのない若者が現れた。すぐに母は若者を押し入れに隠した。若者は、母のあの幼馴染だったのだ。

帰ってきた鬼が騒ぐ。

「臭うぞ臭うぞ。人臭い。いつもと違う人臭さじゃ」

「赤ん坊がまた宿りましたゆえでしょう。今度はきっと女の子です」と母。

鬼は喜び、祝いの酒盛りを始め、飲めや歌えの大騒ぎになった。そして、酔いつぶれ、しばらくすると眠り込んでしまった。

その隙に母はコヅナを連れ若者と逃げ出した。

「急がなくてはならない。早く早く、さあ早く」と若者が言う。ここに通じる抜け穴が閉じてしまう刻限が迫っていたのだ。

鬼は異変に気付いて目を覚まし、雷打ち鳴らし風を起こし、憤怒の形相で追ってきた。

すると若者は、柊(ひいらぎ)、蓬(よもぎ)の豆つぶてを投げ付けた。

あの夜の歌には続きがあったのだ。

「柊、蓬の豆つぶて、鬼も泣く泣くあとずさる」

鬼の嫌がるものばかり。さすがの鬼も、これではまったく手が出せない。

鬼は地団駄踏んで悔しがる。悔しがる。

こうしてコヅナは、母と暗闇の先、光溢れる場所へと導かれていった。