【前回の記事を読む】夜の公園で女優を狙う最強最悪の兄弟“サイコパス・ブラザーズ”。絶体絶命の彼女の前に現れたのは――

第一章

7

「おいチビ」と博昭は言った。
「あとで泣くなよ」
「工藤ー!」

信二の声のボルテージが上がった。

「てめえの相手は俺だ」と信二が言った。博昭は恭平を睨みつけながら、信二に向き直った。

「工藤。てめえを倒して俺が東京最強になってやる。喧嘩最強の称号は明日から俺のもんだ」
「吠えるだけ吠えとけ。仕方がないから相手してやる。きょうは特別だ。おのれの無力さに溺れて死ね」

博昭は皮のコートを脱ぎ捨て、戦闘態勢に入った。兄の恭平がいきり立った。

「信二。やっちまえ! おまえがノシたら、あとで俺が切り刻んでやる!」

信二がゆっくりとファイティングポーズを取った。博昭は構えない。どこかで犬が吠えた。いきなりだった。博昭の顔面に信二の左拳が繰り出された。

間一髪でパンチを避け、博昭は身を屈め、右手で地面に手をついた。そして、腕を軸に低空の体勢を保ったまま、体を回転させ蹴りを放つ。

水面蹴りが信二の膝にヒットする。倒れない。博昭はすくっと立ち上がると、今度は右のローキックを放つ。信二の脇腹にヒットする。それでも倒れない。

追い打ちの蹴りを見舞うつもりで足を引いたとき、信二が猛然とタックルをしてきた。ダンプカーに跳ねられたかのように博昭は派手に転倒した。地面に背中をしたたか打ちつけ、一瞬息が止まる。

信二が覆い被さろうとするのを、体を転がして避ける。横に転がりながら再び体を起こし、また水面蹴りを繰り出す。空振り。

間髪おかずに伸びあがるようにジャンプし、跳び膝蹴り。信二が両腕でブロックした。着地した博昭に、信二が鋭いジャブを打ってくる。

博昭はスウェーで避け、すぐさま攻撃をしかけた。信二のジャブはフェイントだった。信二は、踏み込んできた博昭の右腕をかわしながら、低い重心から滑るようにフックを繰り出してきた。重い拳が博昭のボディにめり込む。

ガハッといううめき声が、博昭の口から漏れる。恭平が歓声を上げる。博昭がふらりときたところで、信二の拳が顔面を直撃する。

鈍い音がし、博昭は思わずのけぞる。さらに追い打ちの拳が飛んできたが、ぎりぎりで攻撃をかわし、いきなり足払いを掛けた。

重心を崩した信二は、あっけなく倒れる。仰向けになった信二の顔面を、博昭は容赦なく踏みつけた。鼻骨が折れる音が響く。信二は尻餅をついた状態で、両手で鼻を押さえながら啞然と博昭を見上げている。

「工藤ー!」

恭平が怒号を上げた。博昭はすばやく半回転して恭平に向き直る。互いの視線がぶつかる。

「てめえーーー!、ぶち殺してやるーー!」

恭平はそう言うと、手にしたナイフを今日子の喉元に突きつけた。今日子が小さな悲鳴を上げる。

「こいつのツラ、メタメタにするぞ。えっー! いいのかっー!」
「俺の知ったことか。好きにしろ」

博昭は言った。今日子の口からまた悲鳴が漏れる。博昭は眼光鋭く恭平を睨みつけた。恭平の目は血走っている。

「やってみろよ、チビ。その代わりてめえのツラも二度と見られないようにしてやる」

そう言いながら博昭は足を前に踏み出そうとした。そのとき──。