背後から体を羽交い絞めにされた。信二だ。体を揺するが、ごつい腕は離れない。

「兄貴! いまだ! やっちまえ!」

背後で信二が言った。その声に恭平が動く。今日子を横に投げ捨てると、ナイフを体の前に構えた。

博昭は肘で信二の体を打った。だが腕は離れない。頭を前に倒す。反動を利用して、後頭部を信二の顔面に思いっきり叩きつける。

うっ、といううめき声が聞こえた。腕の力が緩む。前に向き直った。恭平が突進してくるのが見えた。

博昭はとっさに前蹴りを繰り出す。蹴りが恭平の腕に当たった。一気に距離を詰め、左腕で肘打ちを叩き込む。

恭平はぐらりと前のめりになったが、左手で博昭の腕をつかんできた。至近距離になる。恭平の臭い息が鼻にかかる。

博昭が追い打ちの攻撃をしかけようとしたとき、恭平がナイフを真横に振った。ナイフが頬を掠める。

血が飛んだ。恭平の右手が引かれるのが見えた。間に合わない、と博昭は思った。

ナイフが勢いよく突き出される。ドンッ。時が止まった。

「キャー!」

今日子が悲鳴を上げた。間一髪。博昭は当たる寸前で、恭平の右手をはたいていた。

だが、完全ではなかった。胸が痛んだ。白いシャツが血に染まり始める。

「兄貴! 逃げるぞ!」

信二が叫んだ。恭平は呆然としている。

「兄貴!」と信二が大声を上げた。弟の声で我に返った恭平が、脱兎のごとく駆け出す。その後を信二が追う。

車のドアが閉まる音。走り去る車のエンジン音。

博昭は手で胸を押さえ、手のひらを見た。血…。真っ赤な血。

今日子が泣いている。遠くでパトカーのサイレンの音がする。逃げないと……。

アドレナリンが全身を駆け巡る。今日子は動けない。膝が震え、立っていることも難しい。息が苦しい。大きく息を吸い込んだ。

息が止まる。何? この匂い? パパ……、パパの香り……。

今日子は目の前の男を見た。胸を押さえ、獣のような殺気を放つ男。

今日子は心の中で呟いた。あなたは誰?

次回更新は10月30日(木)、21時の予定です。

 

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