【前回の記事を読む】「娘が死のうとした。あなたも同罪よ」妻の呟きが胸を抉る、不倫した自分に突きつけられた現実

第一章

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作家の作った役を演じる、架空の人物になりきる私の仕事は嘘つきの仕事。けれど、役者、女優にとっていちばん必要のないものは自分への嘘だと思う。自分の心の奥底にある自意識や、どろどろした欲望、本能的な衝動に嘘のつけない、ごまかすことのできない自分には向いた仕事だと思っていた。

もしも女優というものがなければ、私はこの深い場所からこみ上げる、暗くて熱いマグマのようなものに焼かれてしまっていただろう。私は私を許せないのだから。

娘がリストカットしたの。死のうとした。

私は自分の欲望のために河合の娘を傷つけた。聡を殺した。私はパパを殺した。自分が助かりたいがために、父と弟を殺した。

気がついたら公園にいた。陽はすっかり暮れている。ブランコに腰掛けながら、凍える手に息を吹きかけた。

寒い。とても寒い。

車のエンジン音がした。のっぺりとした車が公園沿いの路上に止まった。ドアが開いた。男が出てきた。大男だ。

男はゆっくりとした足取りで公園に入ってきた。嫌な予感がした。

「お姉さん、ひとり?」

背後で声がした。驚いて、声のした方に顔を向ける。男がいた。小柄な男だ。小柄な男がにやにやと笑いながら近づいてくる。

「こんばんはー」と小柄な男は言った。変声期前の少年のような声だった。今日子はブランコから降り、入り口にいる大男の間をすり抜けようとした。大男が今日子の腕をつかんだ。

振りほどこうとしたが、男の力は同じ人間とは思えないくらいに強い。小柄な男が声を上げて笑った。

「逃げられませんよ、お嬢さん。あなたはこれから犯されるんだから」

大男が今日子を羽交い絞めにし、分厚い右手で口を塞いだ。振りほどこうとしたが、まったく身動きがとれない。目を見開く。なんとかして逃れようと懸命にもがくが、大男の腕が万力のように絞めつけて離れない。

パニックになる。思考が働かない。冬だというのに汗が噴き出る。

やめて……誰か……助けて……助けて……誰か──!