【前回の記事を読む】「てめえを倒して俺が東京最強になってやる」「吠えるだけ吠えとけ。仕方がないから相手してやる。きょうは特別だ」
第二章
8
午後十二時。博昭は蒸気をあげる湯にそっと入った。
やけどしそうなほど熱い湯に深く身を沈め、深く息を吸って、吐く。それから体の力を抜き、湯で筋肉と意識をほぐす。いまできるのは、傷の早期回復と、思考を明晰にすることだ。
あれから三日……。博昭は自責の念に囚われていた。
浅はかだった。思慮が足りなかった。あれは罠だった。自分が情けなかった。俺はあの女のことになると理性が利かなくなる。
博昭は湯船に顔を浸した。体を洗い、髭を剃ってさっぱりした博昭は、全裸のまま鏡の前に座る。指で左胸のかさぶたに触れると、まだ多少痛みはあったが、傷はすでに塞がっていた。
幸運だった。ナイフは心臓を突き刺す手前で止まっていた。矢部恭平がナイフ使いだということは知っていた。用心のために防刃シャツを着用していたのが幸運だった。
だが、恭平のナイフは防刃シャツを貫通した。そして、博昭の体に数センチの傷を負わせた。危なかった。恭平はあきらかに心臓を狙っていた。シャツを着ていなければ骸になっていたのは博昭の方だった。
頬の傷に絆創膏を貼った。信二の打撃による右頬の黒ずみは、目立たない程度に薄まっていた。
博昭は鏡を睨みつける。骸。矢部兄弟。徹底的に潰してやる。