【前回の記事を読む】若き世阿弥、貴族の笑いを一瞬で静めた一句――その巧妙すぎる言葉遊びとは
出会い(一三七四年)
高僧の白々しいお世辞に、義満は内心虫唾が走る思いを感じた。この僧が、公家以上に偏見の塊で、しかも蓄財に余念無いのを良く知っていたからだ。
─誰も彼もわしの機嫌を伺って、諂(へつら)うか怯えるかだけじゃ、詰まらん─
偽善的な会話に飽き飽きした義満は、椀の汁を一口飲んで、隣の世阿弥に顔を向けた。
「む、これは美味い! そちも飲んでみよ、それ」義満から目の前に椀を突き出された世阿弥は断る事も出来ず、恐る恐る汁を啜った。桟敷中の視線が二人に集中した。
祭りの行列が終わると、義満は屋敷へ戻る為、豪華な牛車に悠然と乗り込んだ。一足遅れて乗り込もうとした世阿弥の側で、公家の三条公忠(きみただ)が、聞こえよがしに連れの公家に話し掛けた。
「盛りの花は美しい。しかし、どんな花もいずれは枯れて萎れるもの。今が花、今が花よのう」
二人の公家は世阿弥の方をちらちら見ながら女の様にくすくすと笑った。当て付けを感じた世阿弥は深く傷ついた。室町第に戻った義満と世阿弥は共に茶を飲んで一服した。世阿弥はいつになく寡黙であった。
「世阿弥、祭りはどうじゃった。面白く無かったか。どうした、浮かぬ顔をして。何か心配事でもあるなら、何なりと申せ」
一度小さな溜息を吐いて、世阿弥は重い口を開いた。「上様、一つお願い事が御座います。元服式をさせて下さい。私ももう十五歳。この年でまだ垂髪では、大稚児と言って笑われます」
「元服式じゃと。それなら駄目じゃ。稚児の特権をなるべく生かさねばならん。雅楽、舞楽も奥は深い。もっともっと聞き込まねばその神髄は分からない。宮中の女人達もしっかり見ていないじゃろう。あれだけ大勢いて、美しいのはあまりいないが、少なくとも衣装はどれも見る価値がある。兎に角何でも能の為になる。人から笑われようが気にする事は無い。そちは元服したら只の地下人(じげにん)、権大納言のわしに会うのも面倒な事になる」
「気にする事は無い、と仰られても、心が痛みます」
「さては今日、何か言われたのだな」
「は、はあ。でも直接にではありません」「面と向かって侮辱された訳では無いが、間接的に、という訳じゃな。それは誰じゃ」
「確か、三条公忠殿だった様な」
「三条公忠、天皇正室の厳子の親父殿じゃな。面白い」
「どうか復讐などとはお考えにならないで下さい」
「復讐したい程の侮辱だったのじゃな。良し良し、そちの為なら何でもしてやるぞ」
「それよりも早く元服させて下さい。上様は私の気持ちなどちっとも分かっていらっしゃらない。どんな気持ちなのか、きっと一生お分かりにならないでしょう。だって、只の一度も心を傷つけられた事など無いのですから!」