「その覚悟ならあります! 今までは売れたらいいなくらいにしか思ってませんでしたけど、今は、なにがなんでも売れるようになりたいんです!」
「よし、それだったら今すぐ五〇万円払えるかい?」
「えっ……?」
突拍子もない発言に、一瞬意味が理解できなかった。マスターもクロスでグラスを拭きながらびっくりした顔をしている。
「ご、五〇万円ですか?」
「なんだ、覚悟なんてできてないじゃないか。それだったら教えても無駄だからやめた方がいいよ」オーナーはそう言うと、店を出ようとした。
ここで引き下がるわけにはいかない。ええい、こうなったらやけだ。
「……ちょ、ちょっと待ってください。払います! 五〇万円どころか一〇〇万円出しますから、僕をトップセールスにしてください!」
「ほう、今、一〇〇万円出すって言ったね。いいだろう。俺が君をトップセールスにしてやるよ。だけどね、確かに営業はコツさえ摑めれば誰だって一定の数字は上げられるようになる。そこから頭一つ抜け出せるかどうかは斎藤くんの死に物狂いの努力が必ず必要になる。
営業の世界はそんなに甘くない。その覚悟はあるんだね?」
「あります! もう、今までの弱い自分はいやなんです。自分を変えたいんです! 僕を弟子にしてください!」
泣いていた。その事に自分でも気が付かなかった。立花さんに風香を取られた悔しさ、風香に見限られた自分の情けなさ、なにより、言い訳ばかりで何も行動できなかった自分に対して湧き上がってくる怒り。それらの激しい感情が一気に体の内側から溢れ出た。
「わかった。じゃあ明日俺のオフィスに来れるかい?」
「ありがとうございます!」
よし、僕はなんてツイてるんだ。こんなに凄い人から営業を教われるなんて。でもつい勢いで一〇〇万円出しますって言ってしまったけど、本当に大丈夫なんだろうか。不安と後悔の気持ちがこみ上げてくるのを僕は必死に振り払った。
「風香を失った僕に、あとは何が残っているんだ。一〇〇万円なんて売れるようになればすぐに稼げるようになる。立花さんなんてすぐに追い抜いてみせる!」と自分に言い聞かせ、僕は残りのウィスキーを飲みほした。
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