【前回の記事を読む】誰も知らない録音の声が、不倫男の二股を超える泥沼の裏切りを明らかにした
第一章
酔いも手伝って、河合はいつもより饒舌だった。不機嫌そうな良美がときおり口を挟むが、河合はお構いなしにまくし立てていた。
『君の芝居は俗っぽいんだよ。聖女の神秘性みたいなものが足りない。あれじゃあただの安っぽい娼婦だ』
『それであの娘だって言うわけ?』
良美が言った。
『なんだ? 妬いてるのか?』
河合が笑った。
『あの娘、お気に入りだもんね』
良美が突っかかる。
『だからあれは、君の刺激になればいいと思っただけだよ。主役は君なんだ。あの役は君のために書いたんだから。わかってるだろ?』
『だったら言ってよ』
『何を?』
『私とつきあってるってみんなに言ってよ』
『そんなこと言ったら他の劇団員に疑われるじゃないか。君だって劇団にいづらくなるだろ? ぼくは芝居に私情を持ち込みたくないんだ。いいかい? ぼくは純粋に君の女優としての資質を認めているんだよ』
『言ってくれたほうがすっきりするわよ』
『それは意図に反する。公平さに欠けると言われるのは心外だ』
『自由にできなくなるしね』
『はあ?』
『私のことを公表したら他の女にちょっかいかけられなくなるもんね』
河合は黙った。
『奥さんにも内緒。劇団でも内緒。いったい私は何なの?』
『ねえ。ぼくには高校生の娘がいるんだよ。言えるわけないじゃないか』
『私はあなたの何なの?』
『恋人』
『違う。ただの不倫相手』
『良美』
『ただの都合のいい女。安上がりの売春婦』
『いいかげんにしろ』
『で、もう飽きた。新しいオモチャが欲しい。それがあの娘。でしょ?』
『あれは演技のトレーニングだ』
『不倫をする男は、痛い目にあわないかぎり八割以上は不倫を繰り返すってデータがあるの知ってる?』
『どっかの週刊誌のガセネタだろ?』
『奥さんから電話があったの』
河合が口を閉じた。