そんな社内事情を耳にするたびに、城戸は「テレビが落ち目になるのは当然だ」と思うのだった。広告収入が落ちているのはインターネットにクライアントを奪われているからだと言われるが、山ブーのような人間が上に立つ風潮がなくならない限り、テレビ業界の再生は難しいだろう、と城戸は思っていた。
入社して十五年になる城戸は、事件を追う社会部の記者として大半を過ごしてきた。政官財の癒着をめぐるスクープでも鳴らし、他社にも聞こえる敏腕だった。だが、南極の件があった直後、デスクを兼任させられることになり、自ら申し出て報道局を外れた。
デスクといえば記者に指示してニュースを組み立てる管理職の役割で、出世するにはひとつのステップになる。ただ、管理職と言えば聞こえはいいが、城戸はまだ三十八歳。
会社に座りっぱなしのデスク業務など真っ平だった。それに、上層部にとっては、何事も一人で突っ走って言うことを聞かない自分を現場から遠ざけようという、厄介払いの意味もあるに違いなかった。
それなら、一人でやりたいことをやったほうが面白いだろう、と制作局への異動を願い出たのだった。
ニュースでは、気象予報士が「今夜も寝苦しくなりそうですぅ」と眉間を寄せて訴えている。天気を確かめた後、城戸は荷造りを始めた。
制作局に移ってから手掛けている「日本の秘境」というシリーズのロケハンで、翌日から長崎県の男女群島に行くことになっていた。有名タレントが秘境を旅するという、ありがちな番組だ。
それでも、新型コロナウイルスのパンデミックで移動を制限された人々のフラストレーションを解消するにはもってこいだったのか、これまで三回はそこそこの視聴率だった。
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