博昭は鏡を見た。自分自身を睨みつける。敗北者の顔。感情を押し殺しながら博昭は言った。

「ガキができてたらどうする? 脅すか? それともボコるか? 喜んでやるぜ」
「なにもせんでええ」
「なんだ、そりゃ?」
「やたらと喰いつくな」

博昭は黙った。

思い出したくもない母の記憶がそばに寄ってきた。目を閉じて払いのける。

「キモいんだよ」

吐き捨てた。

「不倫がか?」と風間が尋ねた。博昭は答えない。
「しょうがないやんけ。好きになってしもうたんやから」と風間は言った。
「不倫は文化か?」博昭は鏡を見ながら笑った。

「あれ、タレント本人は言うてへんらしいで。実際は、『文化や芸術といったものが不倫から生まれることもある』って言うたらしいけど、マスコミが、『不倫は文化』と言葉を変えて勝手に報道したらしい。つまり、マスコミが作ったっちゅうこっちゃ」
「どうでもいい」博昭は言った。
「工藤ちゃんはどう思うねん?」風間が尋ねてきた。
「何が?」
「不倫」
「はあ?」
「だから不倫や。どう思うねん」
「クソだ」
「ほお、何でや?」

記憶が蘇る。博昭にとって思い出したくもない過去。母の記憶……。鏡に向かって化粧をする母。いそいそと身支度をする母。下心丸出しで母を見る男たちの下品な顔。母に覆い被さる男たちの醜い体。いつ終わるともわからない母の喘ぎ声……。

博昭は息を吐き出す。遠くで雷鳴が聞こえた。顔の向きを変えて窓の外を見た。何も見えない。そこには寂れたビルがあるだけだ。

しかしすぐにもう一度同じ音が聞こえた。静かな部屋の中にそれは虚ろに響いた。

「おい、何か言わんかい」

風間が言った。窓の外が光った。

博昭は黙ってケータイの通話を切った。窓の向こうで季節外れの雷鳴が轟いた。

次回更新は10月16日(木)、21時の予定です。

 

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