足が見えた。ハイヒール。誰かが両腕をつかんだ。

「大丈夫?」

頭上から声がした。吐き気をこらえながら顔を上げる。

中年女性の顔が目に入った。

女性は、今日子の目を心配そうに見ながら、「救急車、呼びましょうか?」と言った。

大丈夫です。
そう言おうとしたその時──

何かがバチッと放電したような錯覚があった。

何?

いま確かに何かを感じた。

吐き気をこらえながら周囲を見回した。
不審げに今日子を見ている学生風の女。ケータイを耳に当てて大声で話すミュージシャン気取りの男。いやらしい目で今日子と女性を見るサラリーマン。飲み会の待ち合わせなのか、揃って地味な服装の学生が固まって談笑中。

ひとりの若い男のところで目が留まった。

長身の短髪。年は私より若い? 二十歳そこそこといったところか。まだ少年の雰囲気も残っているが、男はどこか猛禽類を思わせた。


今日子は男から目が離せなかった。

男は、改札口の自動販売機にもたれかかってじっと立っていた。周囲で動き回り、人待ち顔でいる人々とはあきらかに違う獰猛な雰囲気を漂わせている。

男は今日子をじっと見ていた。その目からは感情が窺えない。ただしげしげと、冷たい視線を今日子に向けている。

ぞくっ。

痛みとは別の感覚が背中を走った。

胃液が喉元にせり上がる。

咄嗟に手で口元を押さえる。

吐きたかった。だが、こんなところで吐くわけにはいかない。

吐き気が増す。脂汗が水滴になってアスファルトに落ちる。

今日子は体を折り曲げ、必死で吐き気と戦った。

次回更新は10月13日(月)、21時の予定です。

 

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